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穂高緒里絵の章_最終日-4

 二人で、レインボーロードを作る。


 崇高(すうこう)で、それ以上ないほどに素晴らしい共同作業。


 おりえと一緒なら何でも楽しくて、何でも崇高で何でも素晴らしいだろうけど、その中でも、花畑づくりという行為は、何と言うか……ステキだ。ステキすぎる。ステキ以外の何モノでもない。


 俺が、花の株が多く載った専用の(かご)を持って走る。


 最初は、赤い花を校庭から運び、学校を出てすぐにある草原に植えていく。


 次はオレンジの花を、赤の花から少し下ったところに植える。


 そういう風にして、虹を作っていく。


 黄色。緑。青。ピンク。最後に紫。


 そして、花畑は、商店街まで到達した。


 その頃には、もう真夜中。


 夜の薄暗い世界。


 急な坂にぎっしりと、花たちが揺れていた。


「終わったね……」


「ああ……終わったな……」


 疲労困憊(こんぱい)になりながら、おりえは手の平にマメをつくって、それを潰しながら、花畑を完成させた。


 気の遠くなるような、作業だったと思う。


 おりえ一人でやったら、動き続けても丸三日を要するくらいの作業だった。


 でも、二人だった。


 二人だったから、何とか一晩のうちに終わらせることができた。


「ねぇ、こっち来て」


 おりえは言って、俺の腕を引っ張った。


「どこ行くんだ?」


「決まってるにゃん。いつもの場所だにゃん」


「ああ……おう」


 そして、ピンク色の花が揺れるエリアに来た。そこには、いつもおりえが座っている風車がある。今は、ペンキで雑な虹色に染められた風車。世界には、風車の回転する音と、俺とおりえの音と、風が花たちを揺らす音だけが響いている。


「今日は、何だか風が弱いにゃん」


 この町の風にしては珍しく、そよ風だった。


 これならば、花が散ることもなさそうだ。


「そうだな、そういう日もあるんだろうな」


 俺たちは、花を踏まないように、ゆっくりと歩き、風車の根元まで来た。


 おりえが地べたにペタンと座ったので、俺も同じように座る。


 並んで、座った。


「ありがとうね、たつにゃん」


「いや、言っただろ。俺とお前は二人で一人だってな。いつか、おりえが俺のために動いてくれれば、それで良い」


「うん」


「人生は、長いようで短くて、短いようで長いって話だからな。その中のいつかの瞬間で、返してくれれば良いぜ。まぁ、それに、俺が無理言って手伝ったからな」


「うん」


 薄暗い世界で、おりえは頷く。


 俺は、空を見た。


 見上げた空には、回転する風車の赤い羽根。その向こうには、そこそこ綺麗な星空があった。


 時刻は、もうそろそろ朝陽が昇るくらいの時間だ。


「なぁ、おりえ」


「なーに?」


「ここは、良い町だな」


「当り前」溜息混じりに、言った。「あたしが生まれて、育った町なんだから」


「なぁ、いつか、不発弾がなくなって、この町に帰って来る時も、俺と一緒だからな」


「うん」


「俺のこと、好きか? 俺と一緒にいて、幸せか?」


 それは、はっきりと言葉にして欲しい。


 そうでないと、ずっと不安だから。


 そう、『自信』が欲しい。


 俺のような、プチ不良でも、おりえに好かれているという、自信が。


 二人、しばらく黙っていた。


 おりえは、幸せか、という問いには答えないままだ。


 不安になる。


 明確なものが欲しい。


 でも、それはきっと、おりえも一緒だ。


 おりえだけじゃない。


 誰でも一緒だと思う。


 自分が、好きな相手に好かれている自信が持てない。


 言葉にされてすら、それが本当だと、なかなか信じることができない。


 だから契約があって、だから人は、繋がりたがる。


 それが、相手の好意を明確にするものだと信じて。


 俺が訊ねた、『幸せか』とか『好きか』とかいうのは、とても難しい質問だと思う。


 俺だったら、たぶん答えられない。「まだ人生経験がないから」とか言って、煙に巻くような質問だ。


 おりえは今、それを必死に考えてくれているのだろうか。


 そして、長い長い沈黙の後に、おりえは口を開いた。


「あっ」


 その視線は、海の方に向いていた


 裂け目から見える、狭い狭い水平線から、朝陽が昇ったのだ。


「……夜明けか」


「綺麗だにゃー」


「ああ……」


 また訪れた、しばしの沈黙。


 そして、それを破ったのは、またしてもおりえだった。


「風車の根元の花の中

 並んで座って町を見る

 朝陽に染まって輝く町と

 風車をまわす風の匂い

 好きなものがここにはあって

 溢れるくらいに満たされている

 大好きな人もここにいる

 今が一番幸せで

 一秒先も一番幸せ。」


「……………………」


「ねっ?」


「あ、ああ……。えっと、ポエマーだな」


「花屋の娘だもん」


 確かに、花言葉とかに触れる機会も多いだろうから、ポエマーさんとか詩人さんとかになりそうではある。


「お前って、可愛いな」


 心の底から、そう思う。


「よく言われるにょ」


 すげぇ変なヤツだけどな……。


「俺はな、世界で一番、お前が好きで、一秒先も、お前が一番好きだぞ。つまり……愛してる」


 安っぽい言葉だと思ってた。


 今でも思ってる。


 でも、これ以外の言葉を思いつかない。


 愛というものが、どんなものなのか、俺にはまだ、はっきりとは解らない。


 だけど、言葉にして伝えたいと思った。


 どうしても。


 小さくて、おかしくて、よく笑って、元気で、だけど繊細で、儚くて、可愛くて、でも強くて。そんな彼女が大好きで。 


 ここに来てよかったと思った。


 おりえに会えてよかったと思った。


 本当に好きだと思った。


 ふと、俺の肩に、おりえの頭が触れた。


 そして、そのまま、動かない。


「お、おい。俺、今、ヤバイくらいに汗かいてて、汗くさいぞ……」


 花の匂いとペンキの匂いに混じって、おりえの匂いがする。


 ドキドキした。


「うみゅぅ……すー、すー」


 しかし、眠っていた。


 それでもう、一気に力が抜けた。


 やれやれ、ドキドキして損したぜ……。


「おつかれさま」


 その頭を撫でた。




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