穂高緒里絵の章_最終日-3
「なぁおりえ。手伝わせろって」
「…………」
すっかり色付いた学校に着くまでの間、話し掛けても反応してくれなかった。
で、派手に塗られた門を抜けたら、中庭一面に花の株があった。
小さな花や、大きな花。カラフルに数種の花が埋め尽くしていた。
そりゃもう、大量の花たちがそこにはあったが、
「皆……いないみたいだな」
志夏も、まつりも、みどりも、誰の姿も見えなかった。
「あ、見て。これ」
喜びながら手に取ったのは、ピンクの小さい花たちの上に置かれていた色紙だった。
色紙には、マジックでいくつかの文字が書かれている。
寄せ書きみたいに。
『カオリへ☆』
『ねぇちゃん、ガンバ!』
『未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや』
『達矢くんはホモだから気をつけて』
『あ と で モ イ ス ト』
『私たちは見守ってます。お花畑、楽しみにしています』
真面目なもの、わけのわからんもの、深いお言葉、いい加減にしてくれというものまでバリエーション様々。
何度読み返しても飽きない構成になっているようだ。
ツッコミどころは多い。
まず、名言みたいなの書いた意味がわからん。それから、モイストって何だ。そして、何よりも俺は、ホモでは、な――、
「たつにゃん。ホモなの?」
「えっ、ち……ちがっ――」
「でも、うれしいにゃあ」
「なにぃ? 俺がホモで何が嬉しいんだぁ!」
「ちがうよ。色紙もらったの、うれしいなって」
「な、何だ、そっちか……」
「本当……うれしい……」
少し、涙ぐんでいた。
だが、今はそんなことよりも弁明しなければなるまい。
「良いか、おりえ。俺は、お前ひとすじだ。決してホモセクシャルではないし、バイセクシャルでもないからな!」
「もう……今、そんな話しないでよぅ。感動が、台無しだにゃん……」
だとしたら、それは、ホモがどうのこうのって書いたヤツのせい、おそらく悪の生徒会長、志夏のせいだろう。
「いや、だが、大事なことだから……」
「どうでもいいにゃん」
「どうでもいいって……ま、まぁ……よしっ、それじゃあ、草原をお花畑にしますか」
「何言ってるにゃん。たつにゃんは、皆と一緒にあたしを見守ってるか、おかーさんの看病してるべきにゃん」
「そういうわけにはいかんにゃん」
すると、
「…………」
おりえはじっと俺の目を見た。
かなり怒ったような色で。
「一人でやらなくちゃいけないの。あたしが今、一人でやらなくちゃいけないことなの」
ううむ、一人、か。
残念だが、おりえに一人でやらすわけにはいかない。おりえが一人でやりたい気持ちもわからないでもないが、それでは俺が納得しないからな。ここは俺のエゴを通させてもらう。
俺は、花を手に取り、言う。
「おりえ、きいてくれ。結婚するとな、夫婦ってのは、二人で一人みたいなものになるって話だぜ。あくまで個人であっても、あくまで他人であっても、二人で、一人だ。だったら、俺が手伝っても、一人でやったことになるよな」
「屁理屈だにゃん」
確かにそうだ。だが、今回ばかりは俺も折れない。
「お前のわけのわからん堅苦しい理屈よりは俺の屁理屈の方がステキだと思うがな」
なんだか不満そうに無言を返してきた。
「おりえ、皆で何かやるのがステキってお前は言ってたろ。白い風車はカラフルになったし、町も全体的に彩った」
町の建物も、レインボーに染まった。風車だって、巨大な学校だって、色んな色に染まった。
「あとは、お前が華江さんに贈る花畑だけ。これくらい、俺に手伝わせてくれても良いだろ。華江さんから色んなことを教わって、花のことも少しは詳しくなったんだぜ。何よりも、俺は、穂高緒里絵を――」
その先の言葉は、一気に言わないといけなかったかもしれない。
「ぁ……あ、ぁ……あい……」
それを言うのが恥ずかしくて恥ずかしくて、上手く言葉になってくれなかった。おりえが無言なのもこわかった。
「…………?」
おりえが柔らかな笑顔を浮かべて首を傾げたので、なんだか俺は安心して、
「愛してる……し……」
ようやく、その言葉を形にできた。
何だろう、すごい、恥ずかしい。
「本当かにゃん?」
「うむにゅん……もちろんだにゃん」
あまりにも気恥ずかしくて、ついついおりえ口調になってしまった。愛してるなんて言葉、本気で言ったの初めてだぜ。
「そこまで言うなら、手伝わせてあげるにゃん」
「そうか! ありがとう。何をすればいい」
「ただ見ていてくれれば良い!」
「――って! だから、それじゃあ手伝うことにならねぇにゃーん!」
「ふむぅ……そんなに手伝いたいにゃん?」
「当り前だ。俺は、お前の嫁だからな」
「そうなの?」
「そうだ」
「婿じゃなくて?」
「……そうだ婿だ」
間違えた!
俺がおりえの嫁だったら、俺が女ってことになっちまうじゃねぇか!
大事な場面での下らない言い間違いが悔しいっ!
そして、おりえごときに揚げ足とられたことも悔しい!
「と、とにかく! 結婚した以上、俺は一緒にレインボーロードを作りたいんだよ! それが、俺とおりえのレインボーロード計画だろう!」
「じゃあ、勝手にすれば?」
認めてくれた。
「おう。勝手に手伝うぞ!」
「邪魔だけはしないでねっ」
「華江さんとの特訓の成果。見せてやるぜ!」
「……ありがと」
その呟きには、聞こえないふりをした。