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穂高緒里絵の章_最終日-2

 で、華江さんを病院に連れて行った後、俺は風車並木を歩いた。


 ペンキのにおいがする。町中がペンキのにおいがするのだが、ここは本当に空気中のペンキ濃度が濃い。


 レッド、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、深いブルー、バイオレット、ブラック、ブラウン、アイボリー、ピンク。


 様々な色で風車は染められている。


 ある風車は迷彩柄、またある風車は縦縞、単色で染められている風車もあった。それは、白かった風車が服を着たみたいに。


 高速に回転を続ける羽根の部分にも、どうやって塗ったか色が付いていて、何だか絵本の中みたいな、不思議の世界に迷い込んだようだった。


「相当金かかってんなぁ……」


 思わず呟くほどに。


 その中でまだ色が白いままだったのは、おりえがいつも座っていた風車だけだった。


 その風車の根元を見ると、風車たちと同じようにペンキまみれになってハケを持ったまま風車の回転羽根を見上げている一人の女の子。制服を着たおりえの姿があった。


 足元には、円筒型のペンキ缶が七つ並んでいた。


 おりえは高速に回転する風車羽根を見上げて、悲痛で、泣きそうな顔をしていた。


「おりえー」


 俺は彼女の名前を呼んで、駆け寄る。


 ゆっくりと振り返るおりえの顔は、ゆっくりと咲いた。大人しく、明るく。


 でも普段のおりえより、少しだけ、暗く、青く。


「たつにゃん、うーにゃん、ふにゃにゃんにゃん」


 でも、いつも通り滅茶苦茶な言動だった。何語だ。


「突然新しい挨拶を開発するな。誰にも通じないぞ」


「おかーさんはどうしたの?」


「その、今は大丈夫になったが、先刻血を吐いてな。病院に連れて行ったよ」


「そっか……」


 言って、再び風車を見上げた。ただ白い風車を。


「何か手伝うか?」


 言うと、おりえは首を横に振った。


「遠慮しとくにゃん」


 気に入らない。


「遠慮するな」


「ダメにゃん」


 何なんだ。手伝ってやろうってのに。


「たつにゃんは、見てて」


 言ってニヤリ笑い、ハケを地面に落とした。そして、


「おりゃぁ!」


 叫び、足元にあったペンキ缶を抱えると、それを、上空高く、ぶん投げた。


 赤ペンキの入った缶は舞い上がり、風車の羽根に弾かれて形を変えて、宙を舞い、やがて、ベコンと缶らしい音を立てて地面に落ちた。


 風車の羽根の部分がまだらに赤く染まる。


 俺は言葉を失った。


 赤い雨が降る。ペンキ雨。


「うりゃぁあ!」


 次はオレンジペンキの缶が舞う。


 今度は回転羽根まで届かずに、風車の支柱にぶつかって、支柱にオレンジのペンキが僅かに掛かる。


 僅かに風車に色を付けて仕事を終えたオレンジの缶は、二度草原にバウンドして、倒れ、中身のペンキを吐き出した後、沈黙した。


「せいやぁ!」


 黄色の缶は、オレンジに染まったエリアの少し下にぶつかって、風車を黄色く染めた。


 三つ目の缶が地面にガタンと音を立てて落ちる。


「ちぇすとー!」


 緑色の缶も投げて、見事、風車を染める。黄色の下にグリーンが広がった。


「てやぁ!」


 今度は、青の缶を投げずに、中身のペンキだけを柱に掛ける。


 青く、染まる。


 後、その缶を投げ捨てた。


「にゃあああ!」


 ピンクの缶を手に取り、中身だけぶつける。


 青色の下、ちょうどおりえの顔の高さくらいのエリアがピンクになる。


 青の缶と同じように、ピンクの缶を投げ捨てた。


 額の汗を拭う。


 前髪や額が、僅かにピンクに染まった。


「仕上げっ!」


 最後に残った、紫ペンキの缶を手に取り、風車の根元を丁寧に紫色に染めた。


 そして勢いよく振り返り、両手を広げて、汗とか、笑顔とかを弾かせながら、


「どうよっ!」


 と言った。


 上から、赤、オレンジ、黄色、みどり、青、ピンク、紫。


 層を成したように色が付けられた。


 しかし、白い部分も多く残り、ムラだらけに染められていて、しかも、それは風車の表側だけ。


 裏側は大部分が白いまま。


 他の風車は丁寧に塗られているが、この風車だけは特別だった。


 何というか……美しくない。


 綺麗というよりも、ただ派手なだけ。


 ところどころ色が混ざったりしてむしろ汚く見える部分もある。


 でも、素晴らしいと思った。


「天才的だなっ」


 こういうことする芸術家とか、けっこう居そうだと思った。


「うへへ、ペンキまみれになっちった」


 自分のカラフルな腕を見て、笑う。


「これで、全部完成……か?」


「ううん。まだだにょ」


「そうなのか」


「次は、お花畑」


 あぁ、そういえば、言ってたな。花畑も作りたいとか何とか。


「学校に、大量の花を運び込んでもらったの。町の皆で。さいしょにね、若山さんに頼んで、いっぱいのお花を発注してもらって、何百台ものトラックで町の外から運んできてもらって、それを町の皆が学校に運んでくれた」


「もう十分、皆に手伝ってもらった」


「だから、後は、あたし一人だけの仕事」


「一人だけの仕事……?」


「うん。草原をね、お花の色に塗り替えるにゃん」


「草原を……って……かなり広いぞ。全部の面積をあわせたら、東京ドーム二個分くらいはあるんじゃないか」


「楽勝だにゃん。病気とか、過去の傷とか、過去の栄光と戦ってる人の痛みと比べたら、この程度の重労働で根を上げるのは、恥ずかしいにゃん」


「だが……お前まで体調崩したら、本末転倒だろうが」


「いいにゃん」


 きっぱりと言って、おりえは坂を登る。


 学校の方へ、とててて、と駆けて行った。


「いや……よくねぇよ」


 俺は、歩くおりえの背中を追った。


 すぐに追いつく。


 二人、すっかりカラフルになった風車並木を歩く。


「おい、おりえ。水くさいことを言わずに、俺にも手伝わせてくれ」


「嫌だにゃん」


「何でだにゃん。俺だって、華江さんから色々教わって、花のことには詳しくなったんだ。何かの役に立てるはずだにゃん」


「ダメだにゃん」


「皆でやれば良いじゃないかにゃん。その方が楽しいだろうしにゃん?」


「ダメにゃん! それじゃあ、あたしの目的は達成できにゃいにゃん」


「目的って何だにゃん!」


「うむにゅん……だにゃん!」


「さっぱりわからないにゃん!」


 と、その時、


「あなたたち、何でそんなに頭の悪い会話してるの」


 生徒会長の伊勢崎志夏が現れた。


「愛だにゃん」とおりえ。


「愛だったのかにゃん!」


 俺はこんな会話を志夏に聴かれたことで、恥ずかしいやら何やらで、ヤケクソになって叫んだ。


 もう何が何だかわからなくなってくるな。おりえと話してると。


「それはそうと、穂高さんのこと手伝いたいって子たちが居るんだけど、どうする?」


 志夏は言った。


「誰にゃん?」


「そうねぇ、有名どころで言うと、上井草さん、笠原さん、宮島さん、あと、穂高さんの弟くん。そして私……くらいかしら。草原をお花畑にするなんて、大変だろうからって言って、学校で皆、待ってるん――」


「お断りだにゃん」


 志夏の声を遮って、おりえは言った。


 折角の厚意を、あっさり棄却しやがって。何て娘だ。


「会長さん、皆に伝えてほしいの」


「何て?」


「『これは、あたし一人でやらなきゃいけないことだから』って」


「わかったわ。伝えて来るわね」


 軽い調子で言って、志夏は学校に向かって颯爽と走っていく。


「……いいのか? 本当に」


「うん」


 こくりと大きく頷いた。


「皆、あたしが一人でやりたいって意思を尊重してくれるはず」


「そうか」


 だが、俺はそれで納得はしない。


 いくら何でも一人で完遂できる仕事じゃない。広大な草原だった場所を、花畑にするなんて。


 一人でできることなんて、本当にちっぽけなことくらいだろう。


 だからこそ、おりえは一人でやろうとしているのかもしれないけれど、俺はそれを何としても阻止するのだ。


 人は、一人では生きられないなんて絶望的な思考を、こんな時に抱かせたくはないから。それよりも、一緒に居てくれる人が居てハッピーくらいに思って欲しいから。


「でも、俺は手伝うぞ」


「しつこいにゃん」


「当り前だ」


 何よりも、俺はおりえのこと、好きだからな。好きな子の手助けは、したいじゃないか。


「ダメったらダメ!」


 叱られた。




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