穂高緒里絵の章_6-4
さて、花屋に戻って来た。
「ただいま戻りました」
「おかえり、達矢さん」
おりえが俺に与えた役目は、華江さんの見張り。
華江さんが、おりえの計画に気付かないようにするためと、華江さんが無理して倒れたりしないようにするためだ。
「で? 緒里絵は?」
「逃げられました」
俺は半分嘘を吐いた。だが半分は本当だ。
「緒里絵を連れ戻せもしないなんて、だらしないねぇ、先が思いやられるよ!」
華江さんは呆れてみせて、溜息を一つ吐いた。
おりえの『レインボーロード計画』の内容は、詳しいことは俺にもわからないのだが、簡単に言えば……次の二つ。
ペンキで町を染め上げ、草原を花畑に変える。この二つ。
そして変わった様子をサプライズの形で華江さんに見せて、完成する計画のようだ。
「にしても、あの子ったら、自分から、花の仕入れ先について教えて欲しいとか言ってきて、嬉しかったのに、結局逃げちまって」
なるほど。仕入れ先を聞いて、花畑ができるくらいの花を発注しようとしたわけか。
「それで、色々教えてたんですか」
「そうだねぇ、ただ、あの子、センスはあるんだけど、自分勝手で、お客さんの気持ちとか、他人の気持ちを全く考えなかったりするから、まだまだ、ね。居なくなるまでに、どれだけ教えてやれるか、わからないけど……」
また、悲しいことを言う。
「おりえは、どう見ても覚えが悪いです」
「達矢さん、ヒトの娘つかまえて何てこと言うんだい」
「いえ、悪いです。それは、短所だけど、長所でもあって、引きずらない性格で好きなんです……だから」
「だから? 何だい」
「花屋の仕事は、俺に教えてください。毎日来ますから、華江さんが、その、仕事できなくなる前に、全てを俺に叩き込んで欲しいです」
華江さんは、じっと俺の目を見つめている。
「俺が、穂高家を継ぎます」
「達矢さん……」
「嘘じゃないです。両親に反対されても、俺は、この町で、花屋を継ぎます」
「……嬉しいねぇ」
言って、笑った。
「覚悟しなよ。あたしは厳しいからね」
「はいっ!」
俺は良い返事をした。
「よっしゃ。それじゃ、まず、花屋の基本心得からね!」
「はいっ、お願いします!」
「とりあえず、笑うこと。何があっても!」
「はいっ!」
俺は、言って、笑顔を作った。
少しでも、多くを教わろうと思った。
尊敬する、華江さんから。居なくなる……前に……。
「達矢さん……致命的に愛想ないねぇ」
「……まじっすか」