穂高緒里絵の章_6-3
いつものところ、と言われたら、やはりこの場所しかないだろう。
学校へ向かう坂道、商店街の先にある急な坂には、いくつもの風車が並んでいる。
風車並木、と俗に呼ばれる場所だ。
風車は当然、木ではないから、その呼び名は正確ではない。むしろ三枚の花びらを持つ巨大な花のように見える。
だが、何となく木っぽいものは木で良いのだ。木だと言って皆に通じるなら、それで良いのだ。そういう柔軟さも身に付けないと、日進月歩のこの時代に対応できないと思っている。ソフトで柔軟な対応というものは、人にとっても、洗濯物にとっても、重要なものなのだ。
――洗濯物とか関係ねぇだろ。
と、得意のセルフ突っ込みを披露したところで、おりえの姿を見つけた。
「たつにゃん! 遅いよぅ!」
何故か、プリプリと怒っていた。
「いや、お前が怒るの、何かおかしいだろ」
「うむにゅん……」
「便利だな。その言葉」
ここまで曖昧過ぎると、逆に潔い気もする。
「へへへー。でしょ?」
笑っていた。
「ところで、さ、戻るぞ」
俺は、おりえの手を引っ張って無理矢理立たせる。するとおりえは、
「嫌」
と言って、手を振り払った。
立ち上がりはしたが、頬を膨らませて憤りを表現している。
「な、何で……。お前、病気の華江さんに店番させておく気なのか?」
「うん」
あっさり答えやがった。
「それよりも、やるべきことがあるから」
「やるべきこと?」
まさか、あれか!
ふふふ、そうか、そういうことだな。
キスしようとして、まつりにギリギリで妨害されたことか!
昨日の続きをしようと言うんだな?
つまり、今、それをやり直そうというのかっ?
「そういうことかっ!」
俺はおりえの両肩をグッと掴んだ。
そして、じっと目を見つめる。
「何だにゃん……」
「キスがしたいと、そういうことだろう。さぁ、目をつぶれ」
昨日は結局キスできずに、夜は布団の中で後悔したからな!
今日こそは!
しかし、おりえは、げしっと、俺の弁慶の泣き所をつま先で蹴飛ばした。
「オオオ! スネーガ! スネーガ!」
俺はスネを抑えて草原をのた打ち回った!
それくらい痛かった!
骨折れたんじゃないかって思うくらいに。
「オォウッフ…………」
俺は、痛みに耐えながら起き上がり、ゆっくりと立ち上がった。
「たつにゃん最低! 無理矢理キスしようとするなんて!」
「おかしい。昨日はあんなに乗り気……いや、それどころか、このムニャムニャ娘の方から唇を求めて来たというのに!」
思わず思考が漏れていた。
軽蔑的な視線を感じる。
「ごめんなさい……」
「まぁいいにゃん」
「それで、お前のやるべきことってのは何なんだ?」
「色んな人にね、協力してもらうの」
「だから、何をするためにだ」
「虹色」
おりえは、またわけわかんないことを言った。
「はぁ?」
「レインボー」
「いや、だから何?」
「うん、レインボーロード計画」
「だから、名称じゃなくて、中身を教えてくれ」
「色んなものが虹色に輝くの」
わかんねぇ。
「どう? ステキでしょ?」
「うむにゅん……」
俺は緒里絵の真似してそう言った。するとおりえは、
「ありがとにゃん」
いや、どういう意味だと思ったんだ。俺の「うむにゅん」を。
だいぶ適当に言ったぞ。
何なのこの会話。
「で、その、お前の言うレインボーロード計画ってのは、一体、どういうものなんだ? 具体的な説明を頼む」
「ペンキをね、ぶちまけるの」
なんだそれ。確かに、こいつはペンキ塗りたてには絶対に触るくらいにペンキ好きな気配はするが。
「どこにぶちまける気なんだ?」
「町中に」
「町中って……」
「あとねー、お花畑」
確かに、おりえは、年がら年中、何と言うか、頭の中お花畑っぽいが。
「何だい、お花畑って」
「この草原全部。お花植えるの」
「おりえ、それ、いくら掛かるんだ? すさまじいコストがかかるんじゃないか? それに、時間もかなり掛かるだろ?」
「うん。だから、色んな人にお願いしてね、実現するの」
「何のために、そんな……」
「避難勧告の話は、知ってるでしょ?」
「あ、ああ」
「どうせ、皆が避難しちゃうなら、少しくらい派手にして、お祭りみたいにして、楽しみたいじゃん」
理解できないぞ。何だ、その思考は。
ぶっちゃけ金と労力の無駄だろう。
「不発弾なんて無いんだから、避難までのほんの数日……ううん。数時間でも良い。町の皆で、一つの目的に向かって、何かがしたいの。『皆で何かをする』って、とってもステキなものだと思わない? 思うよね」
「あ、ああ……そう……だな……」
とりあえず、そう答えた。よく考えもせず。
「だから、まつり姐さんとか、生徒会長さんとか、店長の若山さんとかに話して、協力してもらうの。何よりも、おかーさんに……見せたい」
「……何をだ?」
そして、おりえは言うのだ。
「この町の、お花畑を、もう一度」
「華江さんのためって言われたら……俺に止めることはできないな……」
そして、俺はおりえの顔を見つめて、言う。
「よし、俺も協力するぞ! おりえ、俺は何をしたらいい?」
「余計なことしないでいいにゃん」
「ええええっ?」
そりゃねぇだろ!
俺も何か手伝う展開だろう、どう考えても!
「あ、そうだ。おかーさんが無理しないように、見張ってて欲しいな」
「ん? つまり……ショッピングセンターの店に居ろってことか?」
「うん」
こくりと頷く。
「おかーさんには、バレないでやりたいの」
「つまり、俺の役目は華江さんの注意を引き付ける囮ということか?」
「うん、そうだね……それがいいかな」
「わかった。任せておけ!」
「うん。あたしは、しばらくお店には行かないから、そう伝えておいてね」
おりえは小さく手を振って、「じゃぁね!」と言うと、学校の方へ向かって走りだした。
「がんばれよー!」
おりえの背中に向けて、大きく手を振って、呼びかけた。
レインボーロード計画が、始動したらしい。