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穂高緒里絵の章_6-2

 学校のある坂の頂上から下っていくと、坂が緩やかになり、商店街に差し掛かる。するとすぐに、花屋と、穂高家が右手側にある。


 今は坂を登っていく形だから、穂高家は左手側に見えてくる。


 色とりどりの花がディスプレイされてはいるが、たまに海から吹き上げる強風によって花が落ちてしまったりしていた。


 店内には、穂高弟・秀雄の姿。


 秀雄は、店の外に居た俺に気付くと、パタパタと走ってきて、開いていた扉から出て来た。


「よう、秀雄」


 とりあえず挨拶。


「おはようございます、達矢さん」


 秀雄はおじぎした。礼儀正しいやつだ。


「お母様はいらっしゃるか?」


「ついさっき、二号店の方に向かいました」


「なっ、そ、そうか……わかった。行ってみる」


「はい」


 予想してはいたことだが、やっぱり働いて……。


 病気の身なのに、働こうとして。


 どんな病気なのか知らないけど、ちゃんと休んでちゃんと治療すれば、治る可能性だって、きっとゼロじゃないのに。


「じゃあ、店番、頑張れよ」


「はい、ありがとうございます」


 俺は、ショッピングセンターに向かった。





 で、ショッピングセンター。


「バカ! 違うでしょ、うちの花屋でタンポポなんて雑草売らないよっ」


「あっ、そうか。ヒマワリさんだった」


 花屋には、華江さんとおりえがいた。


「じゃあ、この花は?」


「バラ?」


「あんた、何でもバラって答えりゃ良いと思ってんじゃないだろうね!」


「うにゅー、バレた……」


「まっ、バラで合ってるんだけどね」


「あっ、ずるい! 合ってたんじゃん!」


「自信を持って答えてない時点で不正解なんだよ」


「うにゅぅ」


「じゃあ、そこの花は?」


「バンバンジー」


「パンジーだよ。中華料理かい」


「やはー。凡ミス」


「どうやったらミスでパンジーとバンバンジー間違えるんだい」


「ごめんにゃー」


「ていうか、おりえ。店を開けている間に、どんだけお客さん来たんだい。高価な花が激減してるんだけど」


 それは、たぶん、まつりに投げ渡した花束に使ってしまったんだろう。


「走って逃げてった」


 まぁ、まつりが走って逃げてったから間違ってはいないがな。


「花が走って逃げるものかい。はっ、それとも、万引きっ?」


「うんにゃ。あたしが色々やった」


「やっぱあんたがやったんじゃないか!」


「仕方なかったにゃん」


「仕方ないわけないでしょうが!」


「えーっと、そうだ。生け花の練習してたら失敗しちゃって」


「本当なの?」


「そういうことにしといて」


 嘘だった。


「じゃあ丁度良いわ。練習の成果を見せてもらおうかしら」


「ふぇ? どういうことにゃん?」


「生けてみなさい。アレンジメントでも良いけど」


「アレンジメントって何?」


「…………以前、教えなかった? 何度も」


「ああ、フィルムで可愛く見せるやつだ」


「それラッピング」


「YO、間違えちゃったYO」


 それはラップだ。ヒップホップ的な。


「アレンジメントってのは、ブーケ作りとか、そういうカンジのものって言えばわかるかい?」


「あ、あれかぁ。花束作れば良いのね」


「簡単に言うけどね……綺麗に作るのは結構大変なのは知ってるわよね」


「うん、じゃあ、作るね。えっと、これと、これとぉ……」


 おりえは、店内にある花を次々と手に取っていく。


「待ちな」


「うにゅ? 何よぅ」


「あんた、その花束いくらで売る気だい?」


「五百円くらい?」


「……はぁ……」


 深い溜息を吐いて、ふらついた。


「華江さんっ」


 俺は心配して駆け出す。


 しかし大丈夫なようだった。


「あら、達矢さん。おはよう。学校はどうしたの?」


「サボりっす」


「へぇ、丁度良いね。あんたも一緒に聞いときな」


「あの、さっきから何をしてるんですか……」


 俺が訊くと、


「緒里絵が、花屋の仕事教わりたいって言ってきてね。喜んで教えてやってたのさ」


 華江さんはとても楽しそうにしていた。


「達矢さんも婿になるんだから、一緒にやるよ。花婿修行だ」


「はぁ……」


 どうやら、結婚の意思は伝わっているらしい。


「たつにゃん。おはよう」とおりえは満開の笑顔。


「おう、おはよう」と俺も笑顔で返す。


 華江さんは溜息を一つ吐いて、


「緒里絵、あんたはとりあえず、花の値段を憶えな」


「憶えやすくしてよ。一律280円とかじゃダメかな」


「居酒屋チェーンじゃないんだから」


「あの、華江さん。大丈夫なんですか? 病み上がりで」


「病み上がりって言っても、食あたりだって言ったろ。そんなんで何日も休んでなんていられないね」


 元気そうに、笑う。


 でも、それは、嘘だ。強がりだと思った。


「それで、俺は、何をすれば良いでしょうか」


「そうだねぇ、とりあえず男の子だからね。力仕事お願いしようかしら。鉢植えを移動して欲しいんだけど」


「はい、えっと、どれをどうすれば」


「そこのはそっち、あっちのをこっちに持ってきて、あの辺は、見栄えよく並べて」


 指示代名詞を乱用されると、わけわからんが、まぁやってみよう。


「あたしも手伝うにゃん」


 おりえは言って、観葉植物の鉢植えを掴もうとしゃがむ。


 すると、その時、お尻で別の植物を押した。


 鉢植えが倒れる。


「あっ」「あっ」

 俺と華江さんが同時に声をこぼした。


 ガシャーン!


 オレンジ色の陶器が割れて、土がこぼれる。


「てへへ……」


 笑いやがった。


「緒里絵ぇ…………」


 エプロン姿の華江さんは、とても怒っていた。


 そして、おりえは「はにゃーーん!」という奇声を発して逃げ出した。


「あっ、コラ、緒里絵ぇえええ!」


 走り去ってしまった。


「あの、華江さん……」


 俺は声を掛けたのだが、華江さんは溜息の後、「追いかけな」と言った。


「え?」


「ダンナだろ。追いかけて、なだめて来なさい。片付けはあたしがやっとくから」


 ダンナ。そういうことに、なるのだろうか……。


「でも、華江さん……身体……」


「変な心配するんじゃないの。あたしは平気なんだから、それよりも、緒里絵を優先。わかるだろ?」


 正直、わからん。


 病気の華江さんに重労働をさせちゃいけないだろう。


 かといって、おりえをずっと放っておくわけにもいかない。


 どうするべきか。


「…………」


 しばらく考え込んで、俺は決めた。


 うむ、そうだな――、


「いつまで考え込んでんだい!」


「ひぃ」


「行けってんだよ!」


「は、はいぃ!」


 鬼の形相で言われたら、言う事を聞くしかない。こわい。


「い、行ってきます!」


 走りだす。


「いつものところに居るからねー」


 背中から声がした。


 どっちにしろ、おりえを追いかける以外許してくれなかったらしい……。




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