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穂高緒里絵の章_5-3

 ショッピングセンター内の花屋にやって来た。


 おりえの様子を見に来たのだ。


「あれ?」


 俺は呟いた。


「おう」


 そこにおりえの姿はなく、若山さんが店番していた。


 花屋のエプロンつけて。


「何してるんすか」


「見りゃわかるだろ、店番だ」


「そうっすか」


 おりえは、どうしただろうか。


「で、おりえちゃんなら、おれに店番を頼んで、花束持って母親の見舞いに行ったが?」


「え? 病院で会わなかったっすけど」


「じゃあ、行き違いになったのかもな」


「……ですね」


 蝶々か何かを追っかけていつの間にか知らない場所に行ってしまっているなんてこともありそうなくらいに常軌を逸したフラフラガールだからな。道草食ってる可能性が大だ。


「まぁ、留守番を頼まれた以上、この花屋閉めるわけにもいかないし、彼女が戻らないと俺が店長としての仕事をできない。つーわけで達矢、お前探して連れて来い」


「はぁ、いいっすけど」


 元々そのつもりでいた。


「じゃあ、戻るまでよろしくお願いします」


「おう、任せろ」


 若山さんに背を向けた。





 おりえを探した。すぐに見つかった。


 昨日と同じ場所におりえは居た。


 花束を持って。


 商店街から少し坂を登った場所にある、風車並木。


 草原にいくつもの風車が林立している場所だ。


「おり――」


 名を呼びかけて、やめた。様子がおかしい。


 俯いて、暗い顔で、まるでおりえじゃないみたいな。


「…………」


 俺はゆっくり歩み寄る。


「…………」


 おりえは、色のバランスとか無視したような、決して美しいとは言えない豪華で乱暴で派手な花束を持って、風車の下に座っていた。


「どうした? 暗い顔して」


 俺は、おりえの隣に座りながら言う。


「……たつにゃん。いつまで隠しておく気だったの?」


「何のことだ……?」


 知らない振りをする。


 だけど、おりえは無言を返した。


 居心地が悪かった。いつもは、どんな無言でも、重苦しい空気にはならないのに、この時は、この場所にいたくないと思ってしまうような無言だった。


「さっき、病院に行ったの。この花束持って」


「へぇ、綺麗だな。お前がその花束作ったんだって? 若山さんが言ってたけど」


 こくりと頷く。そして、


「ねぇ、質問に答えてよ」


「ところで――」


「たつや!」


「え……ああ……何だ……」


「おかーさん。悪いんでしょう……」


「華江さんが悪い? 何のことだにゃん?」


 どうやら勘付いているらしい。華江さんの調子が良くないことに。


 華江さんは、おりえにバレるのを望んでないようだったから、ここは何とか誤魔化して。


「嘘つき」


 確信を持っているみたいだ。


「病室の前で、たつにゃんとおかーさんが話してるの、聞いた」


「…………そ、そうか」


 それで、花束を届けずに、この草原まで逃げて来たといったところか。


 おりえの様子から察するに、一部始終を聞いてしまったと思って良いだろう。


 仕方ない。


「そうだな……長く、ないらしい……」


 おりえは黙った。しばらくずっと、黙っていた。


 沈黙に耐えられなかったのは、俺で、俺は彼女の名前を呼ぶ。


「おりえ?」


 なにか言葉を催促(さいそく)するように。すると彼女はこう言った。


「実感……湧かないにゃぁ……」


 悲しそうに笑いながら、言った。


 何笑ってんだ、バカ野郎と言いたいが、悲しくて、悔しくて、辛いのは、おりえなんだ。


 俺よりももっと、はるかにレベルの違う感情を抱いているはずだ。


 きっと、病室の外で、俺と華江さんの会話を聞いて、走って逃げるくらいに。


 花束を渡すという目的すら、完全に忘却させるほどに。


「おりえ……俺、こんな時にアレだけど、言って良いか?」


「何だ?」


「いつか『結婚してよたつにゃん』とお前に言わせたい」


「…………へぇ」


 いや、へぇって……反応うすっ。


「今の俺には、お前に求婚するだけの――」


「球根? チューリップとかの?」


 ええい、何だこいつ。大事な話をしているというのに。


「今はまだ、プロポーズするだけの自信が無い。でも、華江さんのために結婚の約束を――」


「おかーさんの方が好きってこと?」


「えっ……」


 考えた事もなかったが、そうかもしれない……。


 よく、わからない。


「ねえたつにゃん。あたし、結婚とか、幸せとか、よくわからないけど、何よりも、あたしは、おかーさんを、喜ばせたい。そのために、たつにゃんと結婚することが必要なら、結婚したい」


「そ、そうか……」


「結婚してよ、たつにゃん」


 おりえは、あっさり言った。


 俺が言わせたいと言った言葉を。俺の目をじっと見据えて。


「え。あ、えーと……本当に……俺で良いか?」


「うん」


「結婚するからには、一生一緒に居るんだぞ?」


「うん」


「電撃結婚だよな、これは。ビビビと来たってレベルのスピード結婚だ」


「そうだねぇ」


「そんな、こんな、簡単な出会いで結婚して、お前は本当に幸せなのか?」


「幸せだにょ」


「ろくに稼げないかもしれんぞ」


「いいよ。あたしもお花屋さんするよ」


「お前が思っている以上に、大人になると金がかかるんだぞ」


「そうなの?」


「そうなんだ。超ビンボー生活に、おりえは耐えられるか?」


「耐えれるよ」


「たとえば、一日三回の食事が全部、ポテチの、のり塩味一袋とかでも幸せか?」


「ポテチ、すきー」


「いや、栄養バランス考えろっ」


「うむにゅん」


 謎の奇声を発した。


「で、あと、結婚と言えばだな……そうだな……」


「ちゅー」


「――ねずみかっ」


「じゃなくて、キスでしょ」


「――さかなかっ」


「ヴェーゼでしょ」


「――フランス人かっ」


「接吻」


「――日本人かっ」


「日本人だよ」


「いや、まて。キスは待て。心の準備ができていない!」


「何その、乙女ちっく」


「ええい、何を言う。俺は小学生的なセクハラはできるが、恋愛関係には非常に(うと)い草食男子なんだ!」


「じゃあ、あたしを草だと思って」


「こんなに可愛い草がいるものか!」


「もぅ、何ヘタレてんのよぅ」


「ヘタ――ヘタレているだとぅ?」


 確かにヘタレていた。


「はいっ」


 言って、おりえは座ったまま目を閉じ、顔を突き出してきた。


 昔の人は、言った。据え膳食わぬは男の恥と。


 いや、しかし、もう少しこう、ロマンを求めてはいけないだろうか。何と言うか……おりえみたいに軽くなれない。唇を重ねるということに対する、神聖さというか何というか……。


 あと、いつの間にかおりえのペースになっているが、俺が主導権を握りたいというのもある。


「いや、しかしっ……!」


 ここは、する場面だろう。チューしちゃうしかないだろう!


 俺はおりえの両肩を掴んだ。


「!」


 体が、少しこわばって、その後、力が抜けていくのがわかった。


 少しずつ顔を近づけていく。おりえの可愛い顔が近付いてくる。


 唇が。


 と、その時だった!


「こらぁああああああ!」


 叫び声に驚き、俺はおりえに頭突きを見舞った。


「はにゃっ!」


 奇声を上げるおりえ。


「おるぁああ!」


 俺は首根っこを引っ張られて、おりえと引き離された!


 休日だというのに制服姿のまつりと対峙する。というか、いつの間にか胸倉掴まれてる。ちょい首絞まって苦しいっ。


「な、なんだ。まつり……。何の用だ!」


「キミ、今、今、カオリに無理矢理、キ、キスしようとしてただろうが!」


「無理矢理ではない!」


「そうなのか? カオリ?」


「いたいにゅー」


 おりえは、俺に頭突きされた額を押さえて痛がっていた。


「無理矢理だったって言ってるぞ!」


「ええっ!? 言ってなかっただろ!」


 ただ痛がってただけだ。


「セクハラと名誉毀損に飽き足らず、不純異性交遊未遂まで! どこまで悪に手を染めれば気が済むんだキミは! この間は、華江姐さんの頼みで釈放してやったけど、二度目は無いぞ!」


「いや、だから、違うって」


「何がどう違うんだ!」


 と、その時、


「まつり姐さん!」


 その声に振り向くと、おりえが、花束を投げていた。


 空に、舞う、派手な花束。


「ふぇ?」


 不思議そうな声を出し、俺の胸元から手を放し、綺麗な放物線を描いて落ちてくる花束をパシッとキャッチする。


 俺にも何が何だかわからない。


「それ、ブーケ」


「……………………ブーケって、何?」


 とまつり。


「武家……武士のことじゃないか?」と俺。


「いや、違うだろ……。結婚式とかで新婦が投げる花束のことじゃないのか。ていうか、これのどこが武士だ」


 知ってるんじゃないか。


「中に野武士が入ってたりするかもしれんぞ」


「たつにゃん、何言ってるにゃん。入ってないにゃん、そんなの」


「でも、え? ブーケ? 何で?」


 まつりは頭上にハテナを飛び交わせていた。


「まつり姐さん。あたし、結婚した」


 時間が、止まったかのように思えた。


 風が止まったかのような、やや長めの沈黙の後、


「えええええええええええええっ!?」


 尋常じゃないくらい、びっくりしてた。


「誰とっ、誰、えぇ、ぅええ? まさか……そこの、ソレ?」


 そう、ここの、俺だ。


「うむにゅん。たつにゃんと、結婚」


「なっ、えええ?」


 まだ信じられない様子で、俺とおりえを交互に見たりしている。


「ブーケ受け取ったんだから、次は、姐さんの番だにょ」


「ぅぇぁぉ……ぅぅ……」


「返事は?」


「う、うん」


 頷いた。


「何だ、まつり、お前、相手いるのか? お前みたいなヤツのこと好きだなんて言うような酔狂なヤツが居るんなら顔見てみたいもんだぜ」


「……カオリ、お前の新郎、殺していい?」


「やめてにゃん」


 言いながら、笑っていた。悲しそうに、でも、少しだけ……幸せそうに……。


 俺は、少しでも幸せっぽい顔をしてくれて、嬉しかった。


「ま、まぁ……そう……だな……無理矢理されたんじゃないなら……アレだ。事件じゃないもんな……うん。えっと……お、お幸せに……って言えばいい?」


「うん」「おう」

 二人、頷く。


「そ、それじゃあねっ! お邪魔しました! 続きをどうぞぉおおお!」


 まつりは言って、俺たちに背を向けると、花束を持ったまま走って、逃げるように去って行った。


「変なヤツだな……」俺の呟きと、


「うん」おりえの頷き。


「お前もだが」


「何が?」


「だから、お前も変なやつだし」


「たつにゃんもだにょ?」


「はいはい、そうだにゃんそうだにゃん」


 俺は溜息交じりに言う。


 と、その時、おりえは、唐突に何かに気付いたようにはっとした表情をした後、「あたし、思い付いたっちゃ」とか言った。


「ん? 何だ、急に」


「レインボーロード」


「はぁ?」


 相変わらず、意味のわからないことを言う奴だ。


「何だそれ」


「町が、綺麗にレインボー」


 何言ってんの、この娘。


「大丈夫か?」


「うむにゅん……」


 どっちだ。大丈夫なのか、大丈夫じゃないのか。どうも、うむにゅんってのは曖昧な単語過ぎる。


「あっ、まつり姐さんを追いかけなきゃ! たつにゃんは帰って良いにょ。また明日、学校でにゃん!」


「お、おう……」


「ばいびー!」


 おりえは手を振りながら、俺から離れて行き、まつりが走り去った方向へと、とてて走りで駆けて行った。


「えっと、あれ。さっきの続きは……?」


 キスするとか、しないとか、するとか……。


 くぅぅ。機を逸したかぁ!


 ともあれ、俺とおりえは結婚したらしい。


「……ええと、何、この展開」





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