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穂高緒里絵の章_3-8

 で、ショッピングセンターにやって来て、パック詰めされたキスの天婦羅を購入して戻る。


 戻った教室では、まだ自習時間が続いているようだった。


「どうぞ、志夏様。こちら、キス天でございます」


 椅子に座った志夏の前に正座して、頭を垂れつつ(うやうや)しく献上する。


「ありがとう」


「さ、それじゃ名簿を見せてくれ」


「いいよ、はいこれ。用意しておいた」


 言って、志夏は両腕いっぱいに抱えるくらいの量のファイルを渡してきた。


「お、多いな……」


「だって、全生徒の分って言ってたでしょ?」


「それはそうだが……」


 まぁいいか。とりあえずおりえの婿候補にチェックを入れていこう。


 地道な作業になるがな……。


「それじゃ、チェックするか」


 俺は自分の席に向かう。


「手伝うわ。達矢くんの恋人探し」


「おう、それは、ありがたい」


 俺の恋人じゃなくておりえの恋人探しだけどな。


「いや、達矢くんが書類に変なイタズラ書きしないか心配で」


 子供か俺は。


「まぁつまり、大事な書類だからね、達矢くんを監視するのよ」


 志夏は天婦羅をはむはむと食べつつそう言った。尾を上下に揺らしながら、吸い込まれていった。


「あ、監視っすか……」


 だが、書類を見せてもらえて、その上ついでに手伝ってくれるようだったので、監視にせよ何にせよありがたいことだ。





 というわけで自習時間中の教室。


 俺は自分の席に座って書類をチェックする。


 隣の席でも志夏がファイルをパラパラめくっていた。


 志夏には、めぼしい男が居たら声を掛けてくれるように言ってある。 


「あ、達矢くん。これなんてどう? 身長百八十三センチ。サッカー部の左サイドバック。適当なロングフィードと馬鹿みたいなオーバーラップが持ち味。高さも魅力。稀に良いクロスも上げる」


「お、良さそうだな。見せてくれ」


 左サイドバックというところがイイ。


 敵の右サイドの攻撃を止めるポジションだからな。守備力の高さが必要だ。


 俺は志夏からファイルを受け取り、目を通す。


 いや待て。良いと思ったが、やっぱダメだ。


 そのファイルには『町に送られてきた理由』という項目があった。


 つまり、何をやらかしたかということが書かれた項目だ。


 このサッカー部の長身男のところの、その欄には『校内での飲酒及び暴力による補導歴あり』とあった。


「ダメだダメだ! 酒を飲むヤツはダメだ!」


 俺は言って、ファイルを返す。


 酒を飲んで暴れるヤツにおりえを任せることはできない!


「じゃあ、これは? 野球部キャッチャー」


「どれどれ?」


 見てみると、


『パチンコ屋及び競馬場入り浸り。ギャンブル場に於いて学校に連行されるも反省の色なし』


 またしても町に送られてきた理由に引っ掛かった。


「ダメだ! ギャンブルやるようなやつは!」


 少なくともおりえが不幸になる可能性があるヤツはダメだぁ!


 その後も、


『校内での喫煙常習。注意してもやめず』

『威力業務妨害』

『暴力事件による補導』

『無免許運転過失致傷』

『帝王という二つ名』

『殺人未遂』


 思わずオイオイと言いたくなるような、ヤバイのばかりだった。


 どういうことだ。この町はこんな高レベルの不良まで受け入れていたというのか。てっきり俺のようなプチ不良レベルを集めてるんだと思ってたのだが、それは俺の勘違いだったのか!


 思い返してみると、思い当たるフシがないでもない。屋上から蹴りをかましてくれた女に、この町に来た理由を話したら「運わるっ」とか言われたりとか。それに、おりえの母親にも同様の反応をされたっけ。


 俺は、とんでもない町に来てしまったようだぜ。


 ページを捲る度に、おりえには到底相応しくない男たちが並ぶ。


『備品の机等の器物損壊常習』

『卓球賭博』

『太宰っぽい。つまり、小説の影響を受けすぎて真似しようとする』

『いじめ主犯』

『いじめ実行犯、及び交通事故による下半身不随』

『オンラインゲーム依存による廃人化』

『ケータイ依存症』

『動画配信サイト中毒による廃人化』

『他人巻き込み型の自殺未遂常習(危険度・低)』

『教師に対する度重なる暴言』


 そしてページを捲って、その欄に目を落とす。


『無断遅刻及び無断欠席常習』


 お、これは他と比べると大人しいぞ。


 名前は、えっと、戸部達矢か。


 ふむ。


 ――って俺じゃねぇか!


 次だ。


『少年犯罪組織リーダー格』


 ダメだ。


『無免許運転及び傷害』


 ダメだ。


『手荒れ肌荒れ及び猫アレルギー』


 これは、療養か何かかな。


『家出常習』

『リンゴ泥棒』

『借金』

『万引き、及びポン引き』

『女装癖』

『行き過ぎたアイドルオタク』

『ストーカー被害による精神異常』

『代返依頼常習』

『ぼったくられたことによる精神的外傷』

『チョコレート食べすぎ』

『調理実習の度に不注意で鍋を焦がしたことによる』


 犯罪的なものから、わけのわからないものまで多岐に渡ったが、どれもこれも、おりえを任せることができそうもない経歴だった。


 おりえに相応しいパーフェクトな男が居ない!


 他のファイルも見てみる。


 この町に来た理由。


『ボウリング場で隣のレーンに球を投げ込んだことによってトラブルを発生させた。それが後に他校不良生徒との抗争の発端となったことによる』


 何じゃそりゃ。


『目玉焼きの片面焼きを他人に強要して、従わなかった者に嫌がらせをしたことによる』


 美食家かい。


『体育祭の集合写真で女子の頭の後ろで絶妙な位置でピースサインをしてあたかも鬼がツノ生やしているかのように演出したことによる(確信犯)』


 小学生かい。


『他人の給食を奪い取って食べる。注意してもやめず』


 こいつも小学生かい。


『複数の相手との不純異性交遊(軽度)』


 浮気しそうなヤツもダメだ。おりえにはおりえだけを愛してくれるような人が相応しいに決まってる!


「あ、これ達矢くんと一緒じゃない?」


 志夏が言ってファイルを見せてきた。俺はファイルを受け取る。


「どれどれ……?」


『不純同性交遊』


「……あのな志夏。違うぞ。俺はホモではない。そんな趣味は全く無いぞ」


 この恋人探しはおりえのためであって、そして俺が美人で年上の女の人と結婚するために通らないといけない試練なのだ。志夏は何が何でも俺をホモにしたいらしいが、俺は男に対して恋愛感情を持ったりすることはないのだ。


「本当かしら」


 信用してない感じで志夏は言った。


 と、その時、


「志夏、どうしたの? その男と一緒に何か企んでるの? その男、女の子を泣かせる最低なヤツだから注意が必要だよ?」


 近づいてきた上井草まつりがそう言った。


「こらこら人聞きの悪いことを言うんじゃない」


 女の子を泣かせてしまったのは事実だが。


 それに、俺はそんなに悪いことをしようとしているわけではない……と思う。


 これは、おりえを、つまり女の子を幸せにしてやろうと思っての行動なのだ!


「まぁ、上井草まつりには何の関係も無いことだ」


 言うと、


「志夏。何かあったの?」


 俺に訊くのを諦め、志夏に訊いた。


 志夏は「そうねぇ」言いながら、スカートのポケットから何かを取り出した。


 取り出された右手には、ペンの形をした何か。


 そして、それを志夏の手がいじくった時、


『恋人を探したいんだ。名簿を見せてくれ。できれば男が良い。……いいから黙って名簿を見せれば良いんだよ』


 そんな声がペン型の機械から発せられた。


 俺の声、だった。


 どうやらボイスレコーダーのようだ。


 いつの間にか録音されていたらしい。


 っていうか、なんかものすごい誤解を招くだろ、その編集の仕方……。


「うわっ、これはホモね。必死なホモ。きもい。近付くな。死ね」とまつり。


「死ねって、ひでぇこと言うなぁ」


 すると志夏は、


「達矢くん。気にすることないわ。上井草さんは何かにつけて『死ね』って言うから。だから今のは達矢くんがホモだからっていう、それを理由に死ねと言われてるわけじゃないわ」


「いや、あの、そういう問題じゃなくて、俺、ホモじゃねぇです」


「嘘つきなさい! こんな証拠がるのにホモじゃないなんて!」


 言った志夏は、またペン型の機械を操作する。


『恋人を探したいんだ。できれば男が良い』


 またしても俺の声でホモセクシャル宣言をする声が教室に響き渡る。


 確かに言ったかもしれんが、そういう意味で言ったんじゃないのに!


「…………」


 まつりは、無言で俺から距離を置いた。


 そして、クラスメイトどもは、


「うげぇ、まじかよ。転入生の戸部ってホモらしいぜ」

「や、やだぁ」

「マジかよ……さすがに引くわぁ」


 元々距離が遠いクラスメイトにさらに引かれてしまったではないか!


「ち、ちがうんだっ、ちがうっ……あの、えっと、志夏! 悪ふざけはそのくらいにしてくれ! 自信を持って言えるが俺はホモじゃあない!」


 志夏は、またボイスレコーダーを操作する。


『俺はホモじゃあ』俺の声。


「ちょっ! そこで区切るな!」


 広島弁っぽい口調でホモセクシャル宣言してるみたいじゃねえか!


「校内放送で流そうかしら」


 真顔で呟いた。


 突然、級長の志夏までイジメに参加し始めたというのか!


 もう何が何だかわからん!


 変わってしまった世界を嘆きたい!


 何このいじめ!


「おい、俺さっき、わざわざキスの天婦羅買って来たりしただろうが。これ以上何が目的だ! 俺をゆすろうとしているのか! それに何の得がある? 言い切るぞ! 俺は男に興味は無いんだ!」


「いやぁ、弱味握っておくのも良いかなって思って」


 この子何のキャラなの!


 何が目的なのっ!


 ていうかホモじゃないから弱味にならないし!


 そもそもキスの天婦羅を買いに行かせたこと自体、意味不明――


『キス……してくれ……できれば男が良い……言い切るぞ、俺は男に興味……があるぞ!』


 俺の声をツギハギしてきやがった……。


 これが目的だったというのか。


 それにしても何という自然なボイスパッチワークスキル……。


 そして何という多機能ボイスレコーダー……。


 編集スピードが烈風の如しだ……。


 ほぼ違和感の無いホモ宣言が完成したぞ……。


 あっはは、これもう、俺この教室来れねぇじゃん。どうしたら良いんだろ。


 人生二十年に満たない身で、完全にホモの烙印(らくいん)を押され、人々の偏見の中で暮らすのか。


 そんなの嫌に決まっている!


 できれば、俺だって教室に来たい。そして、皆と仲良くしたいんだ。


 寂しいと死んでしまう種類の人間である俺には、俺に優しくしてくれるクラスメイトがどうしても必要だと思うんだよ!


 だが、何だこの現状は!


 わけのわからんボイスレコーダーによって、俺は完全にホモじゃないか!


 何とか、何とか皆に理解してもらうしかない!


「俺はホモじゃないんだ! 信じてくれ。大好きだ! 女の子が大好きなんだ! 将来は美人なお嫁さんが欲しいと切に願うような!」


 俺は叫んだ。


「必死になるところがかえって怪しいわね」とクラスの女子。

「確定だな。ホモだ」クラスの男子がそう言った。


「ち、違うっ!! 信じてくれよ! わかるだろ! 俺は女の人のハダカがコンテンツの中心になっている、えっちな本だって割と、その、見るし……女の人のえっちな映像で興奮したりだってするぞ!」


 その時、


「おい、こら。こっち来い」


 まつりが叫ぶ俺の腕を引っ張った。


 振り解こうとするが、振り解けない。


「俺はホモじゃねぇ! 男になんか興味ねぇんだぁ! ホモなんて頭のおかしい変態と一緒にするなぁ!」


 構わず叫んだ。


「とりあえず黙れっ」


 まつりは言いながら、制服から何かを取り出した。


 そして、取り出した何かを、俺の手の付近に持ってきて……それはカチャンと音を立てた。


「手錠っ?」


 手錠だった。


 俺の両手は固定される。


「何だこれは!」


「逮捕だ。戸部達矢」


「な、何で俺、逮捕されたんだ……?」


 するとまつりは、右手を天井に向かってビッと伸ばし、俺の言葉を無視して、変なことを言い出した。


「これから、風紀委員による臨時の学級裁判を行います」


 学級裁判っ?


 なにそれっ!


「お、おい……」


「被告人は戸部達矢。罪状は、男子女子双方へのごくごく軽度な性的いやがらせ。つまりセクシャルハラスメント」


 セクハラっ?


 そんなの身に覚えが無いぞ!


「それだけに飽き足らず、同性愛者全体への重大な名誉毀損。どう考えても有罪」


 え、何。何これ……何が起きてるんだ……?


 シンと静まり返る教室の中で、まつりの声が響く。


「よって、三日間の独房入りを決定したいと思う。賛成の方は拍手を願う」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ。


 クラスが、拍手の音に包まれた。


 満場一致、全員起立の大拍手だった。


 こんなスタンディングオベーションはいらない。


 ていうか、独房入りって……。


「ということで、今日から三日間の独房入りだ。ったく、このセクハラ野郎が」


「セ、セクハラって……何がだ……?」


「これじゃない?」


 志夏は言って、またボイスレコーダーを掲げた。


『えっちな本だって割と、その、見るし……女の人のえっちな映像でありえないくらい興奮したりだってするぞ!』


 こんな普通の発言がセクハラになるとは……。


 いや、だが、確かに……それをセクハラと感じる人も世界のどこかには居るかもしれない。


『ホモなんて頭のおかしい変態と一緒にするなぁ!』


 ああ、なるほど……セクハラと同性愛者への名誉毀損……したかもしれん。確かに。でも、こんなレベルで捕まってたらたまんないぞ。ていうか、実際、同性愛は変態の部類に入るじゃないか、現実的に。


 だが、だがボイスレコーダーの声を証拠として提出されては、反論できないではないか。いやでも、そもそも焚きつけたのは、まつりなんじゃないのかなぁ。俺、そんなに悪いかなぁ。


「では連行だ。皆は自習を続けてなね」


 まつりが言うと、教室内は少々ざわついた後、静かになった。


「では行くわよ。来なさい」


 引っ張られて、歩き出す。


「あ、あの、どこに、連れて行かれるんですかね……」


「独房って言ったでしょ」


「これって、監禁とかされませんよね……」


「軟禁までよ。取調べもさほど厳しくないし、よくある感じの、単なる反省室みたいなものね」


 いや、反省室って、よくあるものなのか?


 今まで反省室なんてものが存在している学校、マンガとか以外で見たことないぞ。


「脱走を許さないような立派な反省室だから、期待して良いわよ」


 そんなの期待したくねぇよ。


 俺は両手首の動きを奪っている手錠に視線を落とした。


 最近、災難に見舞われてばかりな気がするぜ。


 この町が嫌いになりそうだ……。


 俺は天井を仰ぎ、目を閉じた。




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