穂高緒里絵の章_3-7
職員室に来た。ノックして返事を待たずに中に入って、早歩き。そして、「先生」と声をかけながらデスクに向かう男性教師の前に立つ。
「どうした? 何かトラブルか?」
「いえ、そういうわけではないですけど」
「なら何だ。今は授業中のはずだろう。何してる」
「あ、いや、まぁ、どうしても見なけりゃならないものがありまして」
「何だ? 延滞しているレンタルビデオでもあるのか? それで早退か?」
「いえ」
というか、この町にビデオ屋なんて無いだろ。その前に延滞とか俺ならしないけどな。
「じゃあ何だ」
教師が言ってきたので、俺は言う。
「この学校の全生徒の名簿とか、そういうの見たいんです。特に男子」
「何ィ? そんなもの見せられるわけないだろう。バカかお前は」
「言われてみれば、確かに」
「ここはそれなりに自由な学校だがな、学校である以上ルールがある。生徒のプライバシーをポンポン発信してしまうわけにはいかないだろう」
なるほど。考えてみればそりゃそうだ。
「ちなみに先生は彼女とかいるんですか?」
「あぁ? もう結婚してるよ」
拳を突き出し、光る左手薬指を見せ付けてきた。
そうか。じゃあ、おりえとは結婚できないな。残念だ。
「あ、じゃあいいです。ありがとうございました」
「お、おう」
俺は職員室に出た。
名簿が手に入らないとなると……どうしようもない。
いきなり婿探しが暗礁に乗り上げてしまったぞ。
何もすることのなくなった俺は、自分のクラスの教室に向かった。
いや、何もすることがなくなったというのは、ちょっと違うか。どうするべきか考えたくて、教室に行けば何か良いアイデアが浮かぶのではないかと思ったからだった。
人が人から何かを教わる場所だから、思考力も向上すると思ったのだ。
小窓から覗いた授業中のはずの教室はざわついていて、黒板には『自習』の文字。
だが俺がガラッと扉を開けると、
「…………………………………………」
これだよ。急に静かになっちゃったよ。
しかもなんか俺の方を指差しながらヒソヒソ耳打ちしてるヤツいるし。
「…………」
俺は誰とも目を合わせないように窓際の自分の席に向かった。
そして座る。
すると、すぐに人がやって来た。
「戸部くん。どうだった?」
笠原商店の看板娘。みどりだった。
「どうって?」
「その、カオリのこと……」
カオリ。つまりおりえのことだ。
おりえの告白がどうなったのか訊いているようだ。
「ああ、ダメだったな……最終的に泣かせてしまった」
「そ、そうなんだ。そりゃそうだよね。戸部くんじゃちょっとね……」
何のことだ。
「でも、カオリが泣くなんて、どんなひどいことをしたの?」
「無理矢理ラブレターを書かせてな」
「んん?」
「なのにフラれて泣いてしまったんだ」
みどりはじっと考え込んだ。
そして言う。
「…………えっと……戸部くんて、本当に最低な人なんだね」
自覚してる。
「ああ。そのようだ。ところでみどり、この学校の生徒全員のことを把握してる人とか何処かに居ないだろうか」
「それなら、級長が詳しいわよ。でも、何企んでるか知らないけど、これ以上誰かを泣かせたら、あたしも怒るからね」
特に悪いことを企んでるわけではないが。おりえと誰かを結婚させるってことを企んではいるがな。幸せを願ってのことだから、これは良い企みだ。
「あ、ああ。肝に銘じておくぜ」
そして、素早くみどりから離れ、教室中央で自習をしている志夏の所へ行く。
俺には時間が無いのだ。
一言で言えば、めっちゃ焦ってるにゃんってことだ。
「志夏」
「はい? どうしたの、達矢くん」
「実はだな、恋人を探したいんだ」
俺は言った。すると生徒会長にして級長の伊勢崎志夏は、
「え? どうしてそれを私に言うの?」
「みどりが言うには、全校生徒の情報を握っているらしいじゃないか」
「人聞き悪い言い回しだけど、まぁ間違ってはいないわね」
そして俺は、よこせとばかりに手を伸ばし、
「そうか。なら見せてくれ」
「見せてくれって、何を?」
「あるんだろ? 名簿とか、リストとか」
「そりゃ、名簿あるけど」
「そうか。その名簿を見せてくれ」
「まぁいいけど。女の子ので良い?」
「いや、できれば男が良い」
「え、でも、今達矢くん恋人を探したいって言わなかった? なのに、男って……」
「いや、俺の恋人じゃなくって、ある女の子の恋人探しだからな」
「ん? 何で他人の恋人を探す必要があるのよ」
「話せば長くなるんだがな」
「どういうことなの? 長くなっても良いから聞くわよ? 相談に乗るよ?」
可哀想なものをみるような目で見つめられた。
「いや、話している暇はないんだ。一刻も早く恋人候補を探して、くっつけなくてはならない」
「わけがわからないわ」
「いいから黙って名簿を見せれば良いんだよ」
「そういう態度ってなくない?」
「見せてください。お願いします」
「……なんか、ずいぶん切羽詰ってるみたいね」
「そうなんだよ。わかるか?」
「そりゃあね。でも、タダでは見せられないわよ?」
「何をすれば良いんだ?」
「キス……」
「――キスだと?」
何言ってるんだこいつ!
「キスの天婦羅が食べたい」
ああ……魚のキスのことか。
「わかった。買ってくる」
俺はダッシュで教室を出た。