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穂高緒里絵の章_3-6

 しばらくして。


「やはー。ごめんにゃー。泣いちゃったー」


 おりえは空元気っぽいテンションで言った。


 そんなタイミングでチャイムが鳴って、昼休みが終わり、中庭には俺たち二人きり。


 正直、少し気まずかったが、おりえは何とか泣き止んでくれて、いつもの元気を取り戻しかけていた。


「本当に、良いのか? このままで」


 そこへ、また蒸し返す俺。


 最低な行為だと思ったが、俺だって人生を諦めたくはないのだ。


 俺の好みは、素敵なオネェサン。


 アイドル級に美人なオネェサンと結婚する可能性だって残されているはずだからな!


 だからといって、目の前に居る穂高緒里絵が可愛くないというわけではない。だが、可愛いは可愛いし可愛いは嫌いじゃないし寧ろ好きなのだが、俺は美人な奥さんが欲しいのだ。おりえは可愛いが結婚相手にしたい子ではないということだ。


 家事とかもダメそうだしな。


「…………」


 おりえは黙ってしまった。


「お前が良いって言うなら、仕方ないか……」


 俺はDとの恋を成就させるのは諦めることにした。


 そして、しばしの無言の後、彼女は発するのだ。


「うにゃーん」


 という謎の奇声を。


 それで彼女の中でどんな処理がなされたのか不明だが、その後すぐにおりえはスイッチを切り替えたかのように笑顔を取り戻した。


 これまでの彼女と過ごした時間を思い出して、よく笑う子だなと思った。そしてまた、その笑顔が似合っていた。


 そんな子を泣かせてしまった他人の気持ちを考えない勝手な自分に少し、腹が立った。


 ただ、もうそんなことを思ってもどうしようもない。


 Dくんはもう故郷に帰ってしまう。


 おりえと誰かを結婚させる別の方法を考えようじゃないか。


「たつにゃん、何か面白い話ないにゃ?」


「面白い話……って言われてもな……もう授業中だぞ、戻らなくていいのか?」


「おもぴろくにゃい」


 また謎の言語を使う。国語の先生に怒られるぞ。


 っと、面白くない話といえば、穂高母からの伝言があったんだった。それもついでに伝えるとしよう。


「そういえばな、おりえ」


「何だにょ?」


「放課後に花屋に来いってお母様が言ってたぞ」


「どっちの?」


 どっちってどういう……ああ、そうか。あの花屋は二号店だって言ってたな。商店街に本店があるんだったか。


「ショッピングセンター内の方だ」


「うむにゅー。行きたくないにゃぁ」


「とはいえ、高価な花瓶を割ってしまったのだから従うしかないだろう」


「なんか、全然うまくいかないにゃー」


 言って、悲しそうに笑う。


 そんな、暗い笑顔は似合わないと思った。


 (しお)れた花のようになって欲しくない。花屋の娘らしく、咲く笑顔でいてほしかった。


 だから、俺は、彼女が好きな人と一緒にいられる環境を三日で作ってやりたいと、そう思う。


「なぁ、おりえ」


「何だにゃん?」


「こんな時にこんなことを訊くのもアレなんだが、二番目に好きな人とかいないのか?」


「……いないこともない」


「ほほう。状況が状況だ。失恋の気持ちの整理なんてしている暇はないからな。次はその男にアタックをかけろ」


 おりえは少し悩んだ後、こくりと頷いた。


「よし、そうと決まれば早速行動だ。その男の名前は? クラスは?」


「クラスは、たつにゃんと一緒」


「お、そうか。ならリサーチしやすい。名前は?」


「まつり姐さん」


「……………………」


 えっと、女……だよな…………?


 廊下で男を撥ね飛ばしたりするような凶暴な。俺の胸倉を掴んで今にも殺そうと拳を握るような凶悪な。


「おいおいおいおいおいおい」


「ふゅ?」


「いや、すまん。俺の訊き方が悪かったにゃん。恋愛対象としての『好き』な人を言ってくれ」


「男とか女とか、関係ないにゃん」


 冗談だろ。


「ふ、不良っぽい子がすきなんだにゃん?」


「うむにゅん。そうかも」


 いや、まて。


 何かもう、そういう問題じゃないだろう。


「まつりと、その、えっとだな、恋人になって、何を、何をするんだ?」


「ふぇ? そんなこと考えたことなかったにゃん……」


 昨日から思ってたが天然っぽいぞ、こいつ。


「女と女じゃ、結婚できねぇじゃねえか!」


「そうなの?」


「そうだよ! 当り前だろうが! まつりのことは、諦めろ。その次に好きな人は?」


「秀雄」


「誰だそれは」


「弟」


「インセストタブー!」


 思わず叫んだ。


「ダメだろそれ!」


 近親相姦とかダメ! 不健全!


「えー」


「『えー』じゃない! ふざけたこと言うのやめなさい!」


「でも好きだもん。こわいけど、おかーさんのことだって好きだもん」


 どうやら、恋とか愛とか好きというプラスの感情を限りなく汚れない、ピュアなものだと思っているらしい。


「あのな……お前の言う『好き』ってのはどうもズレてる気がするのは気のせいか?」


「ずれてにゃいにゃん」


 いや、ズレてるだろ。この場合を考えたら。


「じゃあ、結婚したい相手って意味で考えたらどうだ。理想のタイプとかいるんじゃないのか?」


「まつり姐さんみたいな男の子かな」


 まつりみたいなって、それつまり暴力夫ってことじゃねぇか。


「そんな相手は、俺が認めない」


 おりえに不幸は似合わない。心からそう思う。


「もっと優しい人が良いと思うぞ。結婚するなら。まつりみたいなヤツはギャンブルにはまったり、酒飲んで暴れたりしそうなタイプが多そうじゃないか」


「偏見」


「そうだけどっ。でも、まつりみたいな人と結婚したがるなんて酔狂(すいきょう)にも程があるだろうが!」


「カッコイイじゃん」


「てめぇ、少しは真面目に考えろ」


「うにゃ? 真面目だにょ?」


 こいつっ……。


「普通の男にしろ、な?」


「えー」


 くっ。親が結婚相手を決めるなんてのは古風な風習だと思っていたが、何だかそれに対して理解を示したくなるな、おりえを見てると。


「お前の幸せのためなんだって」


「胡散臭い」


 確かに。俺も言ってて変なことを言っている気分になってきた。だが、おりえには不幸になって欲しくないし、俺ではおりえを幸せにしてやれるとは思えない。


 何よりも、おりえのためにステキな男を見つけてやりたいと思ったんだ。


「じゃあ、わかった。俺がお前の結婚相手候補を探して来てやる!」


 俺はそう言った。


「でも――」


「でもじゃねぇ。いいな。決めたからな」


 俺はおりえに指差して言って、歩き出す。


 おりえと会ったことで、お見合いの相手を探すお節介な人の気持ちが、ほんの僅かばかり理解できた気がする。


「あっ……」


 おりえの呟きが、背後で聴こえた時、俺は走りだしていた。


 穂高緒里絵には、笑っていてもらいたい。だから、俺は走るんだと思う。


 今は授業中。中庭から校舎に入る。無人の、ダッシュ禁止の廊下を走った。



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