穂高緒里絵の章_3-4
俺と同じ年齢くらいの若い男を探して歩く。
みどりが言っていたのは、短髪の不良っぽいイケメンとのことだが。
学校を出て、風車並木の坂を下り、商店街に差し掛かる。
商店街も抜けて、湖まで来た。
と、そこで、短髪のイケメンが目を閉じて湖方向を向いたベンチに座っているのを発見した。
制服を着ていたし、特徴もみどりが言っていたものと一致する。短髪で背が高く、ちょっと不良っぽい。
確信した。
この男こそ、Dであると。
「あの……」
話しかける。
「え? 何すか? 誰っすか?」
「Dってのは、お前のことか?」
「はい、Dはオレっすけど、何か?」
よかった、間に合ったようだ。
「頼みがあるんだ」
「何っすか? オレにできることっすか?」
見かけによらず、優しそうな男だった。
「まずはこれを読んでくれ」
俺は、懐からおりえが書いた手紙を手渡す。
Dは封筒から手紙を取り出し、それをガサガサと開いて読んだ。
「何すか、これ」
「愛の手紙だ」
「あなたは、っと、つまり、そういう人なわけっすか……」
そういう人って、何言ってる。
「違う。俺はホモではない。その差出人は俺じゃなくて、とある女の子なんだ」
「なんだ。そうっすか、びっくりしましたっす」
「それでだな、頼みってのは、その手紙を書いた子に会って欲しいってことなんだ。その子は本当にDくんのことが好きでだな……」
「でも、オレ、もう今日の午後には故郷に帰るんで」
「だから。だからだよ。最後に会って気持ちを聞いてあげてほしいんだ。頼む」
俺は、頭を下げた。
「どうして、それをあなたが頼むっすか? オレのことが本当に好きなら、本人が来てオレと話せば良いじゃないっすか」
もっともだ。
だが、何故かおりえが嫌がったから……。
好きなはずなのに……。
「頼むから」
「何でそんなに、その子のために」
「いや、その子のためというか、俺のために、だな……」
「どういうことっすか……?」
「実はな――」
俺は、Dと呼ばれる彼に話しかけるに至った経緯を説明した。
ぶつかって三億円の花瓶を割ってしまったこと、そして望まない結婚をさせられようとしていること。
さらには、女の子が彼のことを好きでいたことも説明した。だが、Dの反応は、
「それは、オレにはどうしようもないっすね」
「いやっ、話だけでも聞いてくれないか?」
「でも、その女の子が此処に居ないじゃないっすか。それってことは、本当は好きじゃないってことっすよね?」
「いや、本当に好きなはずだ。それはもう、結婚しても良いくらいに好きだったはずなんだよ」
そうでないなら、『三日以内に結婚の約束をした人を連れて来る』なんて無茶な約束を母親と交わしたりしないだろう。
そのくらいの重い想いがあったはず。だけど、そのはずなのに、急に「もういい」だなんて言って、手紙も「好きでした」なんて過去形で、彼への思いを締めくくろうとするようだった。
Dはいう。
「好きだと思ってもらえたのは嬉しいっす。でも、オレみたいな不良にでも、待っていてくれる故郷の人が居るわけで」
「そうか、彼女、いるのか……」
「きっと、待っていてくれてると思うんすよ」
言って、彼は笑った。
そんな風に、すっきりした良い顔で笑われたら、俺にはもう、何も言うことはできない。ここにおりえも居ない以上、何も……。
「すまんな。迷惑かけた。故郷に帰っても元気でやれよ」
俺は言って、Dに背を向け歩き出す。
「すみません。ありがとうございましたっす!」
彼は大声でそう言った。
ありがとうと言われるようなことは、してないからな、これは手紙の差出人の女の子に対する言葉なのだと思う。
ただ、俺は腹を立てていた。何よりも、おりえに対してだ。
俺はその怒りをぶつけるように、強くアスファルトを蹴って、学校へと向かった。