穂高緒里絵の章_3-1
天気は、晴れ。
寮で朝食をとった後、通学路を歩き、通学路を外れてショッピングセンターに向かって歩く。
昨日は穂高家の経営するフラワーショップから寮へと戻り、とりあえずハンコを探し出し、何もすることがなくなった俺は、畳の上を何往復もゴロゴロ転がった。そんな暇だったなら、おりえを探せばよかったと今になって後悔しているところではあるが、とにかく精神的に休息が必要だった気もしてる。
というわけで、ゴロゴロ、ゴロゴロ。
畳から発生した黄色っぽいクズが服に大量に付着して、何だかウンザリした。
そして、花瓶を割ったなどと言いがかりをつけられて婚姻届に名前を書かされたことも思い出し、もっとウンザリした。
それというのも、あの、おりえという名の女が三億円の価値があるらしい花瓶を持って走り回っていたことが原因なのだ。俺も学校をサボって歩き回っていたとはいえ、俺は完全なる被害者のはずだった。巻き込まれる形で穂高家に婿入りをさせられようとしているのが現状であり、その状況を打破するための方法は一つ。
穂高緒里絵を俺以外の誰かと婚約させること。
しかも、三日以内にという制約付きだ。
正直に言って良いだろうか。
「無理だろう」
だが、諦めたらそこで試合終了というのは、割と昔から言われている名言であり、実際その通りだろうから、俺は諦める事はしない。
だって、まだ俺若いのに、結婚なんてしたくないんだ。
結婚は人生の墓場だというのは、かなり昔から言われていることであり、実際どうなのかは知ったことではないが、墓場と言われて直行したくはない。
そんなこんなで、とりあえず、俺が向かったのはショッピングセンターのある方角。町の南の方だった。
俺はショッピングセンター内、穂高家が経営する花屋さんに来た。
おりえの母親である華江さんが、開店準備をしていた。
「お、達矢さん。おはよう」
「はぁ、おはようございます」
俺は周囲をキョロキョロと見渡す。
おりえの姿は無かった。
「緒里絵なら、学校に行ったよ」
「はあ、学校っすか」
「達矢さんも行ってきな」
俺は無言を返した。
正直、行きたくないぜ。
あの教室のシンとした雰囲気とか、俺のジョークを華麗にスルーする一体感とかを思い出すと、教室に行く気力がなくなって――。
「行きなさい」
「はい、お母様……」
それでも、花瓶を割った罪に問われかねない以上、穂高母には従わなければならないだろう。
「放課後に緒里絵と一緒にココに来なさいね。緒里絵にもそう伝えておいて」
「了解いたしましたっ!」
俺は努めて背筋を伸ばしながら言って、穂高母に背を向けた。
学校へと向かった。