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柳瀬那美音の章_5-2

 うどんを食った後、那美音がシャワー浴びてる間に俺は朝食へ。朝飯の後、部屋に戻ってきたところで、ようやく回転を始めた頭で考える。


 この街の生活は、まだ五日目だが、本当に色んなことがあった。


 学校に転入した初日に屋上で紅野明日香とか名乗る変な女子に踏まれるように蹴飛ばされた上、職員室に呼び出され、職員室前で上井草まつりとかいう女に撥ねられ、教室では自己紹介でスベり、クラスメイトたちに聞こえよがしに陰口を叩かれ、笠原商店で靴を受け取ったはいいものの、下らない冗談を言ってしまったがために、笠原みどりに叱られた。


 二日目には、男子寮で孤立し、級長の伊勢崎志夏に悩みを相談したところ、上井草まつりに負けるべきだという意見を頂いた。しかしながら、そんな、女の子に負けるとかプライドが許さない俺は、まつりに戦いを挑んでボロ負けして、そこから俺とまつりの激しい戦いの日々が始まったのである。まぁ……言っても全部負けてるが。


 三日目にも、まつりにボコボコにされたり、みどりにありがとうと言われたり、なんてことがあり……。


 昨日、四日目には、湖に流れ着いた思考が読める超能力者と出会った。


 出来事を並べてみたけれど、何だろうね、この異常さは。


 頭を抱えたい。


 それにしても避難勧告か。


 どうなるんだろ。


 皆と別々の学校になってしまったら、まつりの魔の手からみどりを守ることはできないかもしれんな。それが心残りと言えば心残りだが……。


 まつりとのバトルに負けっぱなしなのもそうだ。


 ただ、テレパス那美音も放っておくわけにはいかない。


 俺ばかりが避難してしまうなんてことはできない、というかしたくない。


 那美音をこの寮に連れ込んでしまった時点で、俺には那美音を何とかする責任が発生したように思う。何よりも、那美音は年上で美人な上にナイスバデーだからな。


 メリットはむしろ少ないが、那美音と一緒に居たい。


 俺は何の力も無い、いたいけな一般人だ。那美音の足手まといになってしまう可能性は高い。


 どうすれば……。


 と、その時、いつの間にか風呂から上がっていた那美音は、濡れた髪をタオルで拭きながら言った。


「ねぇ、達矢。この町から逃げようか……」


「逃げるったって、どうやって……」


「普通に避難しようとしたら、あたしは臨時政府の軍の人に絶対に捕まるわ」


 なるほど、つまり俺に、那美音が逃げるための手助けをしろと言ってるのだろう。


「そ。察しがいいわね」


「ああ、褒めてもらってありがたい。だが……だがな」


 それ、俺にメリットが全く無い気がするんだが。


「あら? あたしのこと好きなんでしょ? だったら……」


 それはそれ、これはこれだろう。


 出会って二日の女性のために、命までは張れないぞ、さすがに。冷静に考えて。


 だが、うーん、放っておけないとも思うが。


 すると、那美音は地面に手と膝をついて四つんばいになり、赤ん坊がハイハイをするが如く近付いてきた。畳みに座る俺に急接近し、そして至近距離で顔を持ってきて、


「お願い」


 何というか、あれだ。年上で綺麗な風呂上がりの(ねえ)さんに顔の近くで「お願い」とか甘くすがるような声で言われたら、俺は目のやり場に困りながらも断ることはできない。軟弱な自分が嫌い。でも嫌いになれない。そして那美音さんのことは今すぐ目の前の唇を奪いたいくらいに好き。となれば、だ。


 俺は半ば自らの衝動から誤魔化して逃げるように立ち上がった。


「ああ、わかった! それで、いつ、この町を出るんだ?」


 那美音も立ち上がって言う。


「今日」


「今日ッ?」


 急展開過ぎる!


 いや、だがしかし、迅速に動かねばならない事情があるのかもしれん。


 何よりも、那美音のことを信じないとな。


「すきよ、たつやくん」


 棒読みで、そんなことを言って、ぎこちない感じで抱きしめてきた。


 棒読みだけどうれしい。あったかい。やわらかい。でも髪が濡れててちょっと気持ち悪い。信じたい。俺も那美音が好きだ。


「…………」


 那美音は俺を解放して、なんだか申し訳なさそうな表情のまま二メートルくらい離れた場所に正座した。


 俺は考える。


 とはいえ、逃げると言ってもどうやって逃げるんだ?


 すると那美音は俺の心の声にすぐさま反応し、人差し指を立ててフラフラ揺らしながら、


「達矢くんも知っての通り、この街は山に囲まれてる。出入り口は、湖の向こうの裂け目だけ。しかも、通れるのは風が弱まっている時だけ。そんな密室的な地形。山越えをするのは事実上不可能で、あたしの立場から考えると空の上からの脱出は不可能。軍に見つかる」


 若山さんが言っていた街の南側にあるトンネルを使うというのはどうだろう。


「そっちの方にあるトンネルは全て別の軍隊……民間の軍隊の管理下にあって、長いトンネルを抜ける前にほぼ確実に捕らえられる」


「民間の軍?」


 那美音を狙ってるのは政府直属の軍隊だったよな。


「そう。ついでに言うと、あたし、そっちの人たちからも命狙われてるから」


 へらへら笑いながら、那美音は言った。全く笑い事ではない。


「何で……」


「スパイだから」


 魔法のような言葉だな。その一言で無理矢理に説明つけようとすることができる。ただ、誰もが頷きはしても、誰も納得はしないと思うが。


「じゃあ、二重スパイだからっていうので、納得してくれる?」


 何と、二重スパイだと?


 つまりこの場合、政府直属軍と民間軍の両方をスパイしていたってことになるのか?


「まぁ……そういうことねぇ」


 目的がわからんぞ。両方の軍をスパイして、一体どこに情報を届けるんだろうか。もしや、政府の軍と民間の軍以外にも、第三の勢力があったりするのだろうか。


「詳しく知りたい?」


 いや。恐ろしいから知りたくないという気持ちがでかい。いやでもここまで来たからには、知りたいと思えなくもないような気もしないでもない。しかし、知ってしまったら、もういよいよ戻れないことになりかねない。ううむ。


「知りたいのね。じゃあ教えてあげる」


 え、ちょ、ちょっと――


「この街の地下に、スゴイ兵器が眠ってるの」


 もう陽の当たる場所には戻れない気がした。


 にしても、スゴイ兵器か、さっきも古代兵器って言っていたが、それはもしや、階下で志夏が言っていた、


「不発弾ってやつか?」


「いいえ、もっとスゴイやつ。ある意味不発弾っていう表現は的を射てるけど」


 その兵器を狙って二つの軍が獲得競争でもしてるってとこか。


「そうねぇ、だいたいそんな所かしら。ただ、政府はその超兵器を壊そうとしていて、民間の軍は獲得しようとしているの。そして兵器は鍵がなければ動かないから――」


 鍵?


 鍵っていうと、さっき言ってた鍵になる少女がどうとか。


「そう。紅野明日香が鍵」


 そうだ、そんな名前の女の子。屋上で会った、よく知らない女の子。


 にしても、どの程度危ない兵器なんだろうか。二つの軍が手を伸ばそうとするくらいだから、かなりの兵器なんだろうが。


「日本くらいの大きさの島国くらいなら二分で吹き飛ばしちゃうくらい」


 とんでもねー。


「だから、紅野明日香を確保する……場合によっては……その……」


 殺すってことか。


「……そう」


 そして、殺しても良いのは、政府軍。殺してはいけないのは、民間の軍。


 両方の軍隊にスパイとして那美音がいたならば、少々ややこしいことになってるのかもな。


「そうねぇ、だいたい達矢くんの考えてる通りで、その上で、あたしには選択することができた」


 選択?


「というより、選ばなければならなかった。政府は、場合によっては殺せと暗に命じた。民間の軍隊は絶対に殺さずに捕らえろと命じた」


 それで那美音はどちらを選ぶつもりだったのだろう。


「でも、どちらも選びようがなくなったの」


「というと?」


「紅野明日香に、うまく逃げられてしまって、どこに行ったのか……」


「那美音さんの他に、紅野明日香を捕まえようとしてる人は居るんですか?」


「いいえ、双方の軍ともに、あたしに一任してきたわ。あまり大袈裟に動いて一般人を刺激したくないみたい。あたしは、この町の出身で、人の心を読むことができるし実績もあったから、あたしをこの町に送り込むことになったのは、必然なんだろうけど。にしても、あの紅野って子、不思議よ」


 不思議ってのはどういうことだ?


「だって尾行には気付くし、逃げ足は速いし、存在を感じることはできるけど、心の中で何を考えてるかは読めないし」


 俺に激しいキックをお見舞いするしな。


「キック……って、そういえばさっきも言ってたけど、それまさか学校の屋上で?」


「そうだけど」


「何てことなの……」


 どうしたんだ。深刻そうに。


 すると那美音はだんだん強くなる口調でこう言った。


「あの時の屋上で、あたしは紅野明日香を捕まえようとしてたの。だけど、いざ捕まえようって時に誰かが屋上に来て、それで邪魔が入って捕まえられなかったのよ! 一般人に彼女を捕らえる所を見られるわけにはいかなかったから!」


「つまり、あれだ。俺のせいというわけだ」


「そうよ!」


「すみませんでした」


 俺は謝った。土下座スタイルで。


 だが、そんなこと知らなかったんだからどうしようもないじゃないか。


「まぁ、そうよね」


 顔を上げて、頭の中で言い訳を展開する。


 それに、察するに誰かの目を気にするような状況でもなかっただろ。世界の命運みたいなのが掛かってるんだったら。


「それもそうかも」


「ただ、もしも紅野を捕まえてたら、その時は、どうするつもりだったんだ?」


「……………………」


 押し黙ってしまった。てことは、殺してしまう選択を――


「違うっ!」


 叫んだ。大声で。


 けっこうな大声だったから俺はちょっぴり慌てた。


「あ、ちょと、那美音さん。ここ男子寮なんで、大声は出さないで欲しいんですけど」


「あ、そ、そうか、ごめん」


 まぁ、今さら退寮になっても問題は無い気もするけどな。


 この町が吹き飛ぶとか吹き飛ばないとかいう展開らしいし。


「あたしは……街の外で色んなことを見てきた。そりゃもう……色んな、色んなこと。言ってみれば、大局を見てきたの」


「大局……?」


「どちらの軍が考えている事も、『正義』」


「正義……」


「軽い言葉じゃないし、軽い概念でもなくて、単純だけど、複雑にならざるを得ない宿命的な言葉よね」


 そして那美音は、僅かな沈黙の後、続けて言った。


「正直に言うと、紅野明日香を……政府の軍に引き渡すつもりで居たわ。そうでないと、大きな戦争が起きてしまう可能性があるから」


 ってことは、紅野明日香は那美音に捕まったら死んでしまうってことになるんじゃないか?


 しかし那美音は首を振った。


「それは、させない。あたしにだってプライドがあるから。絶対に、させない」


 決意に満ち溢れた強い目をしていた。


「それで、話が脱線したが、どうやってこの街を脱出するんだ?」


 地下もダメ、空もダメ、となれば、瞬間移動くらいしか方法が無いではないか。


「瞬間移動は、ちょっと無理かな」


 そりゃそうだ。そうそう簡単に超能力者に会ったりしたら非現実的じゃないか。まぁ目の前にテレパスが居るけど。


「で、脱出の方法だけど」


「ああ、どうするんだ」


「正面突破」


 おいおいおいおい。大丈夫か、それ。


「大丈夫」


 というか、その前に何で脱出する必要があるんだ?


「それは、政府が、紅野明日香を手に入れられない場合、この町を爆破するつもりだから」


 あぁ、それで町が爆発するとか何とか言ってたわけか。


「そう。『不発弾がある』っていうのは、爆発を正当化させるための保険的発表なわけ。ついでにあたしや紅野明日香をおびき出すための罠。一石二鳥の策」


 なるほど。それで紅野や那美音が町の外へ避難しようとしたら政府の軍が身柄を拘束してしまうというわけだ。


「あたしは、追われる身だから堂々と避難する皆に混じることはできないし、爆破に巻き込まれるわけにも当然いかない。紅野明日香が、民間の軍の手に渡ったと知った時、すぐに爆破される。危険だから。いえ、民間の軍に渡らなくても、すぐにでも爆破する可能性もゼロじゃない。あたしは、この町を守りたいの。やっぱり、あたしが育った町だから。でも、紅野明日香の意識がこの街のどの場所を探しても見つからない以上……その……」


 歯切れ悪いな。何なんだ。


「他人の意識を感じ取り、他人の心が読めるあたしが、彼女の意識をこんなにも長い時間見つけられないってことはね……もう生きてない可能性が限りなく高いの。あるいは、街の外、あたしの能力が届かない領域に居るとか」


 そんな。


「あたしの能力は球形範囲で、少なくとも半径数十キロメートルほどに及ぶから、彼女とあたしに関するだいたいの状況は把握できる。現在、政府の軍も、民間の軍も、紅野明日香を発見できていない。この後、紅野明日香が生きていると仮定した時、彼女を捕らえるとしたら、町に容易に侵入できる出入り口を持っている民間の軍だと思うわ。今のところ政府軍は海からしか入れないからね」


 そうなのか。


「もう、あたしが両軍のスパイしてたことバレちゃったから、どちらの軍にも戻れないし、紅野明日香が生きていない可能性が高い。どちらにしても、何とかして政府の軍の爆撃を止めなくちゃいけない。かなり難しいけど、あたしが攻撃を止めないと町が壊れちゃうから」


 俺も、少ししか暮らしていないけど、この町は嫌いじゃない。壊れて欲しくはないな。


「うん、いくら町で過ごした人が避難すれば再建できるとは言っても、完全に同じ町をつくるのは絶対に無理だからね」


 ま、一瞬で出来上がるもんでもないからな、町ってのは。コピー貼り付け可能なコンピュータのデータってわけでも無いし。


 那美音はこくりと頷き、話を続ける。


「政府の軍と連絡をつけるためには街の外に出なくちゃいけない。だから、街の外に逃げた上で、紅野明日香がもう生きていないであろうことを伝える。それで、爆撃は防げるはずだから」


 本当に、スパイなんだな。


「そうよ。あたしはスパイ。この街を守るために、協力してくれるわね」


「話きいても何かよくわからんかったんだが、つまり、街の外に出ないといけないんだな?」


「そうよ。そして、下っ端兵士じゃ話にならないから、けっこうなお偉いさんと話し合いを持たないといけない」


「そうか、その為には、何をすればいいんだ?」


 すると、那美音はこう言った。


「ただそばにいてくれればいいの」


「何か、ドキドキするセリフっすね」


「ふふっ、そうね」


 笑顔が可愛らしい。


「今日の風が弱まる時間帯は……夜ね。闇に紛れて脱出するわよ」


「ああ」


「さぁ、そうとわかったら、メロンパンでエネルギー補給よ!」


「おう」


 那美音はガサガサと音を立ててメロンパンの封を開けた。




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