柳瀬那美音の章_5-1
早朝、まだ太陽が見えていない時間だったが、俺は起きていた。というよりも眠れなかった。なぜならば、柳瀬那美音がすぐ近くで眠ってたから。押入れの中に入り込んで目を閉じてみても、一睡もできなかった。
しかし紳士な俺は悶々としながらも手を出さないのだ。
もう自分で言うけど、すばらしい紳士である。
で、それはとりあえず置いておいて、今日は休日。授業は無い。
雨は弱まりながらも昨日から降り続いていたようで、少し肌寒さを感じた。
と、その時。
ぐるぐると腹が鳴って、空腹を告げた。
「あー。そういや昨日晩メシ、メロンパンオンリーだったから腹減ったぜ」
何故か独り言を繰り出しつつ、空いた小腹を満たすために階下へと向かった。
手の中で小銭をジャラジャラ鳴らしながら。
食堂の前には、カップ麺等のジャンクフードが常備された棚がある。
寮生なら、お金を置けば食べて良いという、無人野菜販売所のようなシステムになっている。
朝食まで待っても良いのだが、今の俺は飢えに飢えている。色んな意味で。それに、たまにはカップ麺のお世話にならないといけないような気がするのだ。
でまぁ、カップ麺を手に入れたのだが、その過程で、俺は変な話を聞いてしまった。
男子寮長のおっちゃんと、志夏の立ち話を聞いてしまったのだ。何でも、町の南側、ショッピングセンターのある辺りの地下に不発弾が埋まってるなんて話だ。にわかには信じがたいことであり、志夏やおっちゃんも、不発弾なんて埋まってるわけないという意見だった。
それでも避難勧告なんてもんが出ているらしく、それに応じるかどうかはこれから決める風な雰囲気だったな。
というわけで、部屋に戻ってきた俺はドアノブに手をかけて押し開けながら、
――突然だったな。まさか、不発弾で町全域に避難勧告が出てるなんてな。
なんて思考を展開させていたのだが、そんな時だった。
「――不発弾?」
視界に入ってきた那美音がボサボサの髪を整える間もなく勢いよく起き上がって言った。
どうやら、俺の思考を盗み聞いていたらしい。
俺は彼女の寝ている布団のそばに歩み寄って座った。片手にカップうどんを持ったまま。
それにしても、まったく、プライバシーも何もあったものではないな。
「しょうがないでしょ」
「しょうがないって……何でだよ」
「不安なの」
何がだ。
「相手が何を考えてるか、わからないと不安だから……ずっと『回線を開いている』の」
だからって。
「スパイだから」
だからって、俺の思考をのぞき見て良いという道理は無いだろう。スパイって言葉で自分の行為を正当化してるんじゃないのか。それはとてもすっぱい行為だと言わざるを得ないな。
「まぁ追われる身だからね、気を抜けないのよ。いつ誰が何を考えてるのか常に情報収集しておかないといけないもの。いつでも欲しい情報が入ってくるわけじゃないもの」
ダジャレはスルーか。
「ていうか、那美音は自由自在に相手の心を読めるわけじゃないのか?」
「読めるよ。読めるけど、あたしの力が届く範囲に居る人のしか読めない。それと自分の思考……というか、思念波を自分を中心とした球形範囲に飛ばすことができる。効果範囲は最短二十メートルから……そんなに遠くに飛ばしてみたことがないからわからないけど、たぶん両方の能力の影響範囲は……この街をすっぽり覆うくらいはいけると思う」
「すごいな」
「スパイだから」
またそれか。
「スパイは、甘くないというわけか」
「ところで、不発弾がどうとか言ってたわね、さっき」
ああ、街の南側で不発弾が発見されたから、一週間以内に避難しなきゃいけないとのことだが。
「なるほどね……」
何かを悟った感じで頷いていた。
「えっと、避難準備とかしないといけないのかな」
「必要ないわよ」
「え?」
「ほぼ百パーセント、ウソだから」
「そうなのか?」
「そうよ。たぶん、あたしを燻り出そうとしてる。政府軍からの発表ならそういうこと。今ごろ、この街の沖合いでは艦隊が待機して砲身むけてるのよ」
俺は思わず手を振り回して、慌てた素振りで、
「まてまて。どういうことだ。よくわからんぞ」
「もしかしたら、あたしが本当に軍を裏切ったのか確かめたいのかもね」
「いや、えっと、どうなっちまうんだ……」
「あたしが、何も持たずに捕まれば、殺される。ただ、『鍵』を持っていれば、何とかなるかもしれない」
「カギ?」
「そう、鍵。とある古代兵器システムを作動させるための――」
まてまて、電波全開すぎるだろう!
古代兵器って……何だその中学生みたいな発想は。
「あのね、達矢。世界には、達矢が知らない不思議なことがそりゃもう山ほどあるの。あたしの超能力を信じるなら、古代兵器も信じるに足るでしょ?」
そう言われると、確かに信じるに足るが……。
「とにかく、ある女の子を捕まえて軍に引き渡せば、あたしのスパイ容疑が晴れる可能性がある。あくまで可能性だけど」
「ある女の子ってのは?」
「紅野明日香」
ん、どこかで聞いたことあるな。
「どこで?」
「たしか学校の屋上だ」
そう、屋上で俺を頭上から踏みつけにした女だ。一緒に校内放送で名前を呼ばれたけど、それっきり一度も姿を見ていないが。
「じゃあ、手がかりとかもわからないか……。紅野明日香が見つからないとなると、あたしが生き残るには、何とか町から逃げ切るしかない」
「もしも、那美音が逃げ切ったらどうなる?」
「町爆発」
耳を疑った。
「えと、まじっすか……」
「まじっす」
しばらく沈黙が流れた。ものすごく長く感じられる、沈黙。
「に、逃げ切れなかったら?」
「あたしは死ぬし、町も、たぶん何事もないってわけには……ね」
うーん、どうするべきなんだろうな。
俺にはよくわからん。
その時、目の前のカップ麺が目に入った。
「……とりあえず、うどん食っていい? のびちまう」
「どうぞ」