柳瀬那美音の章_4-4
いつもと違うのは、女の人が居ることと、壁際に女性用の紫ブラウスやジーンズが吊るしてあること。
そんな部屋の真ん中で、対峙する。二人とも正座で。
ショートボブの黒髪で、少し内側に巻いている。
さらに昆虫の触覚みたいに前髪が二本くらい跳ねている。
形の良い胸は大きいし、雰囲気から察するに年上だろうが、とにかく胸が大きい。見た目おねえさまタイプだが、胸は大きいのが素敵といえば素敵だけど、胸以外も素敵。でもやっぱり、胸が大きいというのは、良いなあ。
「…………」
なんか、にらまれたぞ。あれか、胸のこと考えすぎか。いやしかし、男という生き物は、どうしても胸に意識がいっちゃうものなのである。まったくもってしょうもない奴らだと我ながらに思う。
で、彼女は心を読むという特殊能力を有している。
テレパス那美音というわけである。
ただ、そんな能力のことは置いておいて、年上で美人という事実だけで、俺はもう那美音さんのことを好きになりかけているぞ。
すぐキレて暴力振るったりしないだろうし、あまり暴言を吐くタイプではないだろうし。
ていうか好きだ! 超ラブだ!
美人で胸の大きななおねえさんと結婚するのが、俺の将来の大いなる夢!
俺のハートにストライク!
まさに、理想の女性が現れたわけだ!
「あのさ、達矢くん……だっけ?」
「はい。何でございましょう」
「考えていること、筒抜けなんだけど……」
「それは、話が早いっすね……」
正直、もう惚れてしまった。ひとめぼれというやつかもしれない。今まで生きてきた中で、こんな感情になったことなど一度くらいしか無かった。
というわけで、那美音さんの言うことなら、できる限り叶えてやりたい!
すると那美音はこう言った。
「へぇ。じゃあ、弱味につけこむようだけど、お願いして良いかな?」
「何をですか?」
「この部屋に匿って欲しいの」
一緒に住みましょう、だと?
「急展開すぎますね」
「どう? だめ?」
「しかし断る理由が無いですね」
少々のリスクがあっても、おねえさまとの共同生活には代えがたいものであろう。
「ありがとう」
なんか、その言葉だけで八割くらいは満たされた。
「だが那美音、教えてほしいことがある。少しだけ引っかかってることがあるんだ」
「何かな?」
「何で、何かに追われて逃げてるのか、その理由を。あとできれば誰に追われてるかも、ついでに」
「そうね、匿ってもらう以上は、それは言っておかないといけないかもね……」
「ああ。頼む」
すると、那美音は語り出した。
「軍に、追われてるの?」
軍っ? どんな軍だ?
なんかお笑い芸人の軍団とかにでもストーカーされているのか?
「違ーう。軍隊よ。ちょっとヘマしちゃってね、政府直属のちょっとアレな軍隊に追われてるのよ」
「ってことは、あれっすか」
那美音は軍人さんってことか?
「まぁね。でも、殺されそうになったし、もう除隊されてるも同然かも」
「何で追われてるんです?」
「スパイ疑惑で」
「スパイ……」
「よくよく考えてみれば、命を狙われた以上、軍隊どもに気を遣って機密情報を隠しておく必要もないわね。ただ、これからする話を聞いたら、あなたが……」
俺が……何だ?
すると那美音は早口で、
「命を狙われるかもしれないけど良いわよね。巻き込みたくなかったけど、あたしのこと好きらしいし、巻き込まれても文句言わないよね」
え、ちょ、ちょっと。そんなことになるんなら悩みどころであって、まだ聞くとは言ってないんだが。
「それじゃ話すね。ある女の子を誘拐して軍の管理下に置くのがあたしの役目だった」
あーらら。なんかもう巻き込む気満々らしい。
「だけど、いざ捕まえようとしたら邪魔が入ったり、上手く逃げられたりして、まぁ、簡単に言うとね……てこずってたの。それで、町に潜伏しつつ軍にそれを報告したら大佐って呼ばれてる熊みたいなおっさんに『何故小娘一人を捕らえるのにそれ程時間が掛かる? さては、柳瀬、貴様、スパイだな!』とか言われちゃって。まぁ実際スパイだったんだけど。それが遂にバレてしまったの」
「ふぅむ確かに……心が読めたら、スパイも楽だろうな」
「そうね。それでね、軍の武装した方々に銃で狙われてしまったから、こりゃ死ぬなって思ってダッシュで逃げたのよ。足には自信あったしね。で、『とうっ』って言いながら湖に飛び込んだまでは良かったんだけど、飛び込んだ勢いで、風車の白い柱に頭ぶつけちゃったみたいで……やはー、我ながら失態」
命狙われてたってのに、何なの、この軽いノリ。
ていうか、走るの早いなら、湖に飛び込まずに岸を全力疾走で逃げればよかったのに。
「いや、実はね、ここだけの話、あの湖の中を潜っていくとね、とある地下洞窟の湖……まぁいわゆる地底湖ってやつね。それに繋がってるのよ。そこに隠れれば何とかなるかなって思って……」
地下洞窟ねぇ。
「あれ、でもあたし、どこで達矢くんに助けられたの?」
「どこって、湖の北側あたりに流れ着いてましたよ」
「なるほど。そこに兵隊さんが居なかったんなら、もしかしたら洞窟に逃げるのは読まれてたのかも。ラッキー」
それで俺がこの寮まで背負ってきたけど、ちょい重かったぜ。
「ん? 何か言った? 重いって誰が?」
心の中読みすぎだろう、この人。しかも、なんかわざとらしい笑顔がこわいんですけど。もしかしてあれだろうか、体重のこと言われたからだろうか。
「いや、服が濡れてたから、だいぶ重かったんですよ」
取り繕ってみた。
「ああ、そっか。そうだよね」
目の前にある笑顔の質が変わった気がした。
「だけど、那美音は、これからどうするんだ?」
「どうって?」
追われる身の中でどう動くのかって。
「んー、少し考えて行動しないと、すぐ殺されちゃうからなー。参っちゃう」
だから何なんだ、この軽いノリは。
「とりあえず、腹減ったろ。何か買って来るけど、どうする?」
俺は言った。
「ん、菓子パンを買い込んで欲しいな。あとは、お茶とかも多めに」
「わかった」
女性だからな、菓子パンって言ったら甘いやつかな、メロンパンとか。
「いいねぇ、メロンパン。だいすき」
那美音は言って、少し笑った。
「じゃ、行ってくるぜ」
「いってらっしゃい」
ああ、なんか、いいなぁ。女の人に、いってらっしゃいって言ってもらえるの。