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柳瀬那美音の章_4-2

 寮に着いた。


 男子寮は当然の如く女子連れ込み禁止なので、見つかれば少し大変なことになる。退寮になって、不良生徒の烙印を押されてこの牢獄とまで揶揄される『かざぐるまシティ』で暮らす時間が延びる。


 故郷に堂々と帰れなくなってしまうのが最大の問題だ。


 不良や問題児が多く集まるこの街の中で更に不良化するということは、故郷の恥なのだ。送り込まれた時点で既に恥なのが、更に恥になるのは避けたい。


「よし……誰もいないな……」


 俺は女を背負ったまま、玄関を早歩きで抜けて、螺旋になりたくてなり切れていないような階段を登って、自分の部屋へと駆け込んだ。


「ふぅ」


 何とか見つからずに辿り着けて安堵。


 俺は、畳の上に濡れた彼女を置く。


 思わずゴクリと唾を飲んだ。俺にとって濡れた美女というものはグッときちゃうものなのだ。


「着替え……させないとな……」


 その時、ゴロゴロ、ビシャアアアン!


 稲光と共に轟音が響いた。


 さらに、どうやら雨も降り出したらしく、雨粒が屋根を叩く音も響き始めた。


 女の服は、紫色のブラウス。ボタンは前で閉じられている。


「……し、仕方ないっすよね……濡れたまんま放っとくわけにもいかないっすもんね」


 俺は言って、息を吸い込み、呼吸を止め、彼女のブラウスの第二ボタンに手をかけた!


 まさにその時だった!


「戸部くーん」


 ガチャリと寮長によって扉が開けられた!


「やべっ……!」


 俺は、大急ぎで押入れの下の段に女をやや乱暴に放り込み、外側からピシャン、と、ふすまを閉めた。


 何とか寮長に見つからずに隠せた。間に合った。


 寮長は特に不審そうにすることもなく言う。


「戸部くん、廊下汚したでしょう、すぐ拭いておいてね。あと、シーツ回収してるから、出しておいて」


 頭にねじったタオルを巻いたオジさんはそう言った。


「はい、すみません」


「あんまり寮を汚さないでおくれよ」


 それだけ言いたかったらしく、扉は閉じられ、寮長は去った。


「ふぅ」


 ホッとした。部屋の中に入られなくてよかった。


 シーツを回収しに来たということは、押入れを開けられる可能性もあったからな。もしそうなったら女の人を連れ込んでいたことがバレて、大変な事になっていただろう。


「さて」


 俺は、押入れを開けて、美しい女性が濡れたまんま横たわっているのを確認しつつ、心の中で、ちょっと待っといてくださいね、などと語りかけながら、シーツを取り出した。


 そして、それを持って部屋の外に出て、隣部屋のドアを叩いていた寮長に渡した。


 階下に下りて、流し台に掛けられた雑巾を取って俺のせいで点々とできた水たまりを拭いて行く。


 玄関から順に。階段も拭く。すぐに俺の部屋の前まで拭き終えた。


「よし……」


 雑巾を洗い絞って元の場所に戻して部屋に戻る。


 扉を開けて閉じた。そして、しばらく押入れを眺めた後、満を持してふすまを開けたのだが、そこに女の姿が無かった。あれー、おかしいなぁ変だなぁと思って、よく中を見てみたが、どんだけ目を凝らしてみても居ない。下の段じゃなくて上に放り込んだっけ、と思って上の段も確かめたが居ない。奇跡的な確率で畳まれた布団の間に挟まってる可能性も考えて手を突っ込んでみたが、居ない。


 一体どうしたことかと暗闇で首を傾げていたところ、


「ぐあっ!」


 俺は何者かに尻を蹴飛ばされ、


「うっぷ」


 今さっき手を突っ込んだ敷布団に顔を埋めることとなった。


 布団を背にして振り返ると、紫色の服着て濡れた女が居た。どうやら俺がふすまを開けた隙に反対側から脱出していたらしい。


 鋭い目の美人さんは、畳にしゃがみこんで、あんた何者、とでも言いたげな瞳で俺を見ている。俺はただの高校生でプチ不良であり、そんなに警戒されるような男ではないのだが。


 ひとまず何か言わねばと考え、視線を宙に漂わせながら、


「あ、えーっと、湖で倒れてて、一応……何ていうか、その……助けたんだが」


「…………」


 女は黙っている。


「あ、ここは、俺の部屋です。男子寮なんで、バレるとまずいんですが、あの、大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」


「平気。ありがとう。助けてくれて」


 女は言った。ちょい低めだが、なかなか好きな声だ。


「あの、名前きいても良いですか?」


「柳瀬。柳瀬那美音」


「那美音……」


 彼女の名前を呟いた。


「あなたは?」


「戸部達矢」


「そう……何者?」


 多少、警戒しているようだ。


「プチ不良の学生です」


 遅刻とサボりを繰り返す程度のな。


 那美音は少し黙って考え込み、


「…………嘘はないようね」


「那美音さんは……?」


「言えない」


 そんな、語れない身分なのか。


「うん」


 頷いた。


 美人だからな、芸能人か何かかもしれない。


「そんなんじゃないわよ。でも、美人なんて嬉しいわね」


 って、あれ。何かおかしいぞ。今、俺は考えただけのはずだ。口を動かしていない。何も口に出していないはずだ。ブツブツと意図せず呟くような変なクセは今まで指摘されたことはないのに。考えていることが読まれやすいってのはたまに言われるが、今みたいな読まれ方したことなんて無いぞ。


 つまり、今、俺は心が読まれたんじゃなかろうか。


「そうね。エスパーだから」


 エスパーだと?


 何を言ってるんだこいつ。電波女か。


「電波女って、随分な暴言ね」


 まてまて。


 俺はさっきから一度も、ただの一度も声を発していないはずだぞ!


 那美音さんの身分をたずねたところから一言も喋ってないはずだ。その感覚には自信を持てる。


「ところで……お風呂借りて良いかな? 服がびっしょりで気持ち悪いし、すこし寒いから温まりたいんだけど」


「ああ、どうぞ」


 風呂場なら、各部屋にユニットバスが備え付けてあるから、他人にバレることは無いだろう。大浴場しか無いとかだったら、難しい問題だったけども。


「ん、ありがと」


 那美音は立ち上がり、バスルームへと消えた。


 思わず、俺は呟く。


「……何だぁ……あの女……」




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