柳瀬那美音の章_4-1
まつりの章、四日目途中から。
湖、とは言っても広さからすれば池みたいなものなんだが、皆が湖って言い張るのだから湖でいいだろう。
んで、そこで、ついさっき出会ったばかりの若山さんは、こんなことを言ってきた。
「まぁ、そうだな。またな、達矢。バイトする気になったら、いつでもウチの店に来ていいぞ」
「しないですよ」
呆れたような声を漏らしつつも答えると、若山さんは、
「まぁまぁ、やる気になったらで良いからな。じゃあな」
手を振ると、南の方角へと歩き去った。
「…………」
空を見上げると、確かに空を暗雲が覆い、今にも雨が降り出しそうだった。
さて、これからどうしようか。
帰ってゴロゴロするか、笠原商店にでも行ってみるか、気まぐれに学校にでも行って上井草まつりにでも喧嘩売るか、図書館にでも行くか、湖をブラブラ散歩したり湖に飛び込んだりするか。
「うーむ……」
まぁ、特別やることもないからな。このまま湖で潮風でも浴びていることにしようではないか。もちろん飛び込んだりはしないが。
いやぁ、実に暇な人間らしい行動だ。
湖畔で風車とか高速で流れる雲とかを眺め続ける。
崖には切り抜かれたような裂け目があって、その手前で風車が回る。そんな不自然に自然な風景が少し好きだ。
好きだが、さすがにずっと同じ場所で眺めているのも飽きてくるな。
ここは、少し角度を変えるとしようか。
角度というのは非常に大事なものだ。
少し角度を変えて見ると「ン」が「ソ」になり得る。
また「ツ」が「シ」になり得るってことでもある。
だから何だ、何が言いたいんだと言われたら、自分でも何が言いたいのかよく解らないので何も言えないが、暇人の思考というものは、えてしてそういうものである。
まぁとにかく、アンバランスな世界の上に、人の社会は成り立っているのさ。
さて、俺は湖の岸に沿って歩いていく。
いわゆる、散歩だ。
散歩とは良いものだ。世界は回り続けていて、同じ日は二度と来ないし同じ瞬間は二度と来ない。一歩、歩を進める度に視界には一歩前とは違う世界が広がっている。ずっとその場所に留まっているだけでは見えないものも見えてくるというわけだ。
どうだ散歩というものがこの上なく素敵で有意義なものに思えてくるだろう。いや、実際何度も言うように散歩は良いものだと思っているがな。
と、その時だった。
「ん? あれは……」
何か不自然なものが視界に入って、俺は呟いた。
湖にあったのは……人だった。
目を擦ってみても、目から入ってくる映像は変わらなかった。人間。そう、人間が倒れている。
「人間だとぉ?」
俺は駆け寄った。
女の人が服を着たまま湖の水面から上半身だけ出して倒れている。
長身で髪は短く、紫のブラウス、黒のタイトなジーンズを穿いていた。
だが、動いていない。微動だにしない。
「まさか、死んでるッ?」
しかしその瞬間、
「っく……はぁっ……はぁっ」
謎の女は寝返りを打って、仰向けになった。
よかった、生きているようだ。水を飲んで溺れたわけでもなさそうだ。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
俺が話しかけると。
「逃げ……なきゃ……」
呟き、ガクリと気を失った。
逃げる?
何だ、何が起きている?
「ちょと……おねいさん?」
どうしよう、どうすればいい。
ええい、考えていても仕方ない。こうなれば、連れ帰るぞ!
俺は謎の女を背負い、その重みで前屈みになりながら重い足取りで寮へと向かった。
濡れた服着た彼女を背負ったことで、背中がびっしゃりと濡れてしまった。