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浜中紗夜子の章_Ending...

「しなっち、準備オーケー?」


 紗夜子の声がした。


「オッケーよー」


 下方から、伊勢崎志夏の返事が返って来る。


 俺と紗夜子は、学校の屋上の中に置かれた(かご)の中に居た。


 籠を固定するロープが数本延びていて、フェンスに縛り付けられている。


 籠には、大量のヘリウム風船が取り付けられていて、紗夜子の話ではロープを切れば空に舞い上がるのだという。


 どうやら俺たちはそれに乗って山越えをするらしい。


 紗夜子が作った「きっちり強度計算した」という木製の軽い籠に乗って、空に飛び立つのだ。


 正直不安で仕方ない。


 上井草まつりや笠原みどりたち、町の住人たちは全員が船で避難した。


 残るは、俺と紗夜子と志夏の三人だけ。


 志夏だけ町に残ることにしたらしい。


 そして、俺は嫌がったのだが、紗夜子がどうしてもと言うので、空から町を出ることにした。


 紗夜子はどうにも、皆と足並みを揃えるということが苦手なようで、無理矢理に俺を付き合わせて空を飛びたがった。


「紗夜子。本当に大丈夫なんだろうな」


「大丈夫。ちゃんと計算したんだから。この町の風は熟知しているし、軌道も計算済みだから」


 ヘリウム風船を大量につけた大きな籠に乗り込んで二人、上昇気流に乗って二人だけで避難する。


 ひきこもりだった紗夜子が、自分から外に出るってのは、何だか感慨深いものがあるな。


 そう、まるで、今まで外に出なかった分を取り返すように。


 というか、ずっと外に出たかったんだよな。


 でも、一人じゃこわかった。


 救い出してくれる人を待っていた。


 救い出したのは、俺……ってことになるのかな。


「ようし、それじゃあ、空を飛ぶよ」


「おう」


 紗夜子の声に、俺は返事する。


「しなっちー! ロープ切ってー!」


 浜中紗夜子が遠くにいる志夏に向けて叫ぶ。


「はーい!」


 志夏は大きく返事をして、クモの巣みたいにして取り付けられた何本ものロープをハサミで素早く、一本ずつ切っていった。


 最後の一本が切られて、俺たちは勢いよく空に舞い上がった。


「ありがとー! しなっちーっ!」


「どういたしましてーっ!」


「世話になったな。志夏!」


 俺も志夏に、とりあえずの別れの挨拶。また戻って来るまでの。


「またねーっ!」


 笑顔で手を振る志夏が、どんどん小さくなっていく。


 俺と紗夜子は、大きく手を振って、遠ざかっていく。町から。


 思い出深い町が、小さくなっていく。


 どんどんどんどん高度を上げて、上昇気流に乗っていく。


 ほんの少しの日々、ずっと理科室に居たばかりの日々だったけど、この町が愛おしく、離れがたいものに感じて、寂しさみたいなものがこみ上げた。


「空から見ると、こんな風になってるんだ。この町」


 強い風に吹かれて、短い髪を揺らしながら、紗夜子は言う。


 町をいびつな十字に仕切る道路が、まるで翼を広げた鳥みたいに見えた。


「そうみたいだな」


 俺は応える。


「たっちー、二人きりだね」


「そ、そうだな……」


 そう言った後、なかなか次の言葉が出てこなかった。そんで困った俺が言った言葉は、


「は、腹減ったな」


「お弁当あるよ。パスタ」


「またパスタか」


「たっちーの好きなスパゲッティ!」


「おお!」


 弁当箱いっぱいのトマトソースのパスタを見せ付けてきた。


 俺は、それを受け取る。


「わたしね、本当に嬉しかった。たっちーのおかげで、サハラとも、マツリとも話せた。勇気をもらえた」


「そうか」


「明日も明後日も明々後日も、同じような日々が続いていって、そんなのが当り前になってしまったわたしを、誰が仲間に入れてくれるの……って、そう思ってた。そう思って、閉じこもった生活を『仕方ない』って言って自分を許してた。でも、たっちーは、それを許してくれなかった。それが、嬉しかった」


 笑いながら、紗夜子は言った。俺はそれを、パスタ食いながら聞いてた。


「そんなことより、やっぱ紗夜子のパスタは美味いな」


 シリアスな雰囲気を、ぶち壊しにしてみる。


 風船気球は、どんどん高度を上げて、山を越えた。


 あと少しで、町の上空を抜ける。


「たっちーは、わたしと一緒に居るの、嫌い?」


 嫌いだったら、こんな所で一緒に空飛んだりしてないだろうが。だから俺は言ってやる。最大限におかしな発言を選んで。


「お前が側にいるだけで、俺の心はコスタ・デル・ソル」


 コスタ・デル・ソル。


 晴れの日が多いリゾート地の海岸だ。地中海あたりにある。


「コスタ・デル・ソルってスペイン。イタリアじゃない」


 どうでもいいことでむくれてみせる紗夜子が可愛い。


「細かいことはどうでも良いんだよ」


「はぁ……」


 紗夜子は一つ溜息を吐いて、


「ほんと、パルミジャーノ・レッジャーノ・ラブ」


 と変なことを言った。


「何だそりゃ」


「『ホントに好き』ってことっ!」


 言って、抱きついてきた。やわらかくて、温かくて、良い匂いがする。


 パルミジャーノ・レッジャーノ・ラブ、か。

 アモーレじゃなくてラブにしたのは、俺にも伝わるように言ってくれたんだろうな。


「俺だって好きだぜ」


 そう言って抱き返してやる。


 次の瞬間だった。


 風に乗って轟音が耳に届いた。


 ――え、何だ。何だこれ。


 後、爆風。


「キャァ!」


 悲鳴と共に揺れる気球。バチンバチンとヘリウム風船も次々と割れた。爆風で山を越え、ゆっくりと高度を下げていく。振り返った視界には、噴煙が舞う。


 爆発?

 噴火?

 不発弾?


 何だ?


 何が起きた?


 ただ、確実にわかるのは、町で何かが爆発したこと。


 紗夜子を庇うように、強く抱きしめる。紗夜子が怪我をしないように。少し、この光景を見せてはいけないとも思った。


 俺は、町の状況を必死に確認しようと目を凝らす。でも、見れば見るほど絶望だ。


 気球に取り付けられた風船が割れて減っていき、少しずつ高度が下がっていく。


 家屋の破片や、道路の破片が飛び散る中を、ゆっくりと、降りていく。


「……たっちー! 何が……っ?」


「大丈夫だ! 大丈夫だから、じっとしてろ!」


 風が吹く。


 破片は次々と俺たちの乗る気球を追い越していく。


 パチンと音を立てて、またひとつ風船が割れた。


 信じられない風景が、繰り返されている。


 俺の目は、確かに、確かに、町の崩壊を見た。


 少し、頬が切れていることに気付いた。


 紗夜子の制服が俺の下賎な血で汚れてしまったとか考える余裕も無かった。


 俺たちの気球は、ゆっくりと高度を下げ、山を越えた場所にあった砂地にフワリと着地した。


 投げ出される二人。


「なに、これ。何が起きたの?」


 紗夜子の問いに、場違いな冷静さでもって俺は言う。


「町が、吹っ飛んだように見えたな」


 最後に見た爆発の光景は、確かに町の崩壊を。


「ねぇ、あれ……」


 紗夜子の目線の先。すぐ近くに、笠原商店の看板が突き刺さっていた。


「なに、これ…………」


 弱い俺たちが冷静さを失うには、十分すぎる、悪夢のような景色だった。






【つづく】



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