浜中紗夜子の章_9-1
翌日。
午前十時になった。まつりとの対決の、約束の時間である。
その時、俺と紗夜子は、まだ理科室に居た。
俺はキャッチャーをやるので、プロテクターやら、レガースやらを身に付けている。すっごい動きづらい。
紗夜子は自分で作ったらしいユニホームを着て、帽子をかぶっている。
何でも自分で作りたがる紗夜子らしいが、当然、手作りユニホームが一晩で完成するとは思えないので、野球に対する未練とかは大きかったのだろう。昔こっそり作っていたに違いない。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、ベッドに座ったままの紗夜子は不安そうに、昨日みどりが巻いた包帯をほどいていく。
包帯が外されて、現れたのは、すっかり治った指たちだった。めくれてしまっていた皮の痕は少し残っているが、投球するには問題なさそうだ。
「痛みはあるか?」
「大丈夫っ」
信用できない。
けどまぁ、今の紗夜子なら、痛くても投げるだろう。
「体の方は平気か? 軋むように筋肉痛になってたりしないか?」
「……っ、平気」
嘘っぽいな。
はっきり言って、経験上、急に使わない筋肉を使い始めて、痛まないわけがないと思う。それでも、痛くても投げたいのだろう。
大怪我しないか心配だから本当は投げさせたくないのだが、上井草まつりとの勝負だけはさせてやりたい。
紗夜子が真剣に、熱望しているのだから。
だから、俺は、
「よし、行くぞ」
立ち上がり、理科室の扉を開けてやる。
主役は浜中紗夜子。
今、復活のマウンドへ向かう。




