浜中紗夜子の章_8-3
で、志夏に言われた通りに理科室の前に居ると、町全体に放送が流れた。
『えー、ご町内の皆様、こちらは生徒会長の伊勢崎志夏です。上井草まつりさんに伝言があります』
志夏の声で。
「おお、こんな方法でまつりを呼び出してくれるのか」
俺は呟いた。
『えー、戸部達矢さんからの伝言です』
「うんうん」
『「ばか、あほ、まぬけ」とのことです』
ええええええ?
『繰り返します。「ばか、あほ、まぬけ。悔しかったら理科室前に来い」だそうです』
「志夏さんっ、そりゃない!」
俺は叫んだ!
そんなこと言ったら、あいつに撥ね飛ばされた挙句ボコボコにされるぞ!
『繰り返します』
繰り返さんでいい!
『「ばか、あほ、まぬけ。早く来ないと腰抜けと呼ぶぞ」とのことです』
微妙に変わってるし!
と、その時!
ダダダダダダッダダ!
激しい足音が聴こえて来た!
そして、階段の方からプレッシャーが!
ゴゴゴゴゴ!
何か、モヤのようなオーラが溜まっていく。
そして、次の瞬間、
「オラァ! 達矢ぁああ!」
モヤモヤした空気を勢いよく突破して、上井草まつりが来襲した!
ダダダダッダダダダ!
激しい足音で、何故か廊下なのに噴煙を巻き上げながら向かってきた!
「ひぃいぃいいい!」
俺は悲鳴を上げながら、逃げようとするも、あっさり首根っこを捕まれ、ビタンと引き倒された。尻餅をつき、両手を廊下に着いた俺を、腕組をして見下ろす上井草まつり。
ドドドドドドッド!
凄まじい量の『ぶっ殺すオーラ』がまつりの背中からほとばしってる!
「おい……誰がバカで? 誰がアホで? 誰がマヌケだって? 言ってみろ」
「俺です!」
大声で答えた。
「あぁ?」
にらまれる。
こわい。もうやだ、この不良娘!
「い、いや、実はだな、さっきの志夏の放送は、お前を呼び出すための口実に過ぎないからとりあえず殴らないで下さいお願いします」
「はぁ? あたしを呼び出してどうしようって言うの?」
「実は、正々堂々と勝負したいんだ、お前と」
「どうして?」
「あー、どうしてだろうな……」
「何だよ、言ってみろ」
どうしようか。突然のこと過ぎて、勝負を申し込む理由を考えていなかった。とりあえず、それらしい理由を咄嗟に挙げてみよう。
「ほ、ほら、俺はお前に初日に撥ね飛ばされてるだろ?」
「……そんなことあったっけ?」
あっただろ。他人ふっ飛ばしといてそれ忘れてるって、ちょっと異常じゃないの。いや、まぁ、そんなことよりも戦う理由のでっち上げをしなくては。
俺は言う。
「その恨みを、この町を出る前に晴らしておこうと思ってな」
そして更に俺は、制服についた埃を払いながら立ち上がり、上井草まつりを指差した。そして格好つけて言うのだ。
「勝負だ! 上井草まつり!」
「いいだろう、かかって来い」
上井草まつりは言って、スキのない構えをした。
俺は、すぐさま上井草まつりに両手の平を向けた。
「いや待て。暴力で争うのは止そうじゃないか」
「あぁ? じゃあ何で勝負するんだ?」
「野球で勝負だ! 俺がピッチャーをやって、まつりがバッターをやる。日時は明日の午前十時でどうだ!」
「フン、良い度胸じゃねえか。お前が負けたら、風車に磔にしてぐるぐる回してやるからな」
「拷問じゃねぇか……」
「明日十時だな。あたしの満塁ホームランでお前の顔が歪むのを楽しみにしてるぞっ」
まつりは悪役じみた言葉を言い残して、勢いよく体を回転させ、俺に背を向けると、階段の方へ歩き去った。
「おっかねぇ女……」
ともあれ、何とか勝負を申し込むことに成功した。
ところで、一対一の勝負だったら、満塁ホームラン、無理じゃないだろうか。
まぁ、いいか。
ちゃんと紗夜子に頼まれたこと果たせたしな。




