浜中紗夜子の章_7-3
涙が止まった後、立ち上がり、紗夜子は再び左手にグローブをはめた。
「やるよ、たっちー!」
輝く瞳で、大きな声で言った。後、右手をぐるぐる回していた。
「大丈夫か? 体、痛くないか?」
「平気。それで、どうするの?」
急に元気になったな。
「とにかく投げるんだ。下手投げで、俺の構えた所へ。そのくらいお前ならできるだろ」
俺は言った。
「うん」
紗夜子は大きく頷き、俺の差し出したグローブの中からボールを掴み取った。
しかし、こいつ、本当に野球が好きなんだな。
いや、野球が、というか、ボールを投げるのが……か。
「よし、紗夜子。ここをめがけて投げてみるんだ。お前が知ってるウインドミル投法っぽいのでも良いぞ」
こくりと頷く紗夜子。
俺は紗夜子から十五メートルくらいの距離に立った。
紗夜子は足をまっすぐ踏み出し、腕をぐるんと回して、放り投げた。
山なりのボールが俺のグローブに届く。
パシッと俺のグローブに収まった。
いきなりグローブに届くとは思わなかった。
天才じゃないのか、こいつ。そんな簡単なものじゃないだろ、ウインドミル投法って。
「紗夜子ー」
「何ー?」
「肩に力入れ過ぎないように。あと投げる時、肘を腰に当てるらしいぞ。ぶっちゃけよくわからんが、ネットにそう書いてあった」
テコの原理を利用したものだとも書いてあったが、俺がよくわからんかったから言わないで良いだろう。
「……肘を、腰に。そっか。テコだ」
俺は、小刻みに頷く紗夜子にボールを返す。
投げられたボールをパシンッと捕った。
一球目よりも速くなってた。
「そして、腕を回すスピードをできるだけ速くするんだ」
「わかった」
紗夜子はこくりと頷いて、また、腕をぐるんと淀みなく回した。綺麗だった。
バシンッ!
「うぉお……」
俺のグローブにしっかり納まっていた。少し、人差し指が痛い。
「紗夜子、お前、さては……密かにこの投げ方の練習してただろ」
そうとしか思えない。
「してないけど、野球始める前にソフトボールやってたから、フォームは知ってるの」
「何と、初耳だ」
「でも、野球の方が有名だし、球速も上から投げた方が速かったから、野球をやることにしたんだけど、まさか今になってウインドミル投法……」
「なるほど」
「ウインドミルで投げてみようなんて発想はなかったな。うん」
紗夜子は、無表情で、でも嬉しそうに言った。
「まぁ、俺のおかげだな」
冗談めかして言うと、大真面目に頷かれた。
何か気恥ずかしい。
「よし、思い出してきた。たっちー、ボールちょうだい」
「もはや説明不要ってことか」
俺は言って、投げ返す。
パシッと紗夜子のグローブに収まる。
「じゃあ、本気で投げてみるね」
え。今まで本気じゃなかったんだ。けっこう手痛かったんだが。
ザッ、と土を蹴る音。紗夜子は足を大きく踏み出し、腕を美しい軌道で回転させつつ、胸を張り、腕を大きく回してボールを手放す。
ズビャアアアン!
弾丸のごとくジャイロ回転するボールが、俺のグローブに収まり、煙を上げた。
「うぉおお……いってぇ……」
こいつ……マンガ速球を投げられるのか!
俺は思わずグローブを左手から外し、一球受けただけで赤く腫れかけた手に息を吹きかけた。
「たっちー。早くボールちょうだい。投げたい。いっぱい投げたい」
「あ、ああ」
「いける。これならいけるよ。勝負できる」
いや、勝負って……何とだ。
俺はとりあえずボールを紗夜子に投げ返した。
そして、風車のように腕を回転させながら繰り出されるマンガ速球。
ドォン!
ズドォン!
ズバァアアン!
それらが次々と俺のグローブに収まる。手が痛い。超痛いっ。
ヤバイ。これヤバイ。涙がでちゃう!
手がっ!
手が痛いっ!