浜中紗夜子の章_6-6
ボーっとしながら、学校への道を歩いていると、笠原商店の前に見慣れた人影。セミロング髪のシルエット。
彼女は、緩やかな坂道を駆け下って来て目の前に立った。
「戸部くん」
「みどり……か」
笠原みどりだった。
「グローブ、買えましたか?」
無言で右下を向いて俯く俺。途切れ途切れにかすれた道路中央の白線が見えた。
「お金、足りなかったんでしょう?」
「ちょっとばかし、足りなかった……」
「そんなこったろうと思いました」
みどりの言葉が、ザックリと胸に刺さった。
「すみません……」
思わず謝ってしまう。
しかし、驚くべきことが起きた。
「はい、これ」
みどりは言って、グローブとボールを手渡してきたのだ。
「これは……?」
「グローブとボールです。グローブは一つしかなかったんですけど」
そりゃ見ればわかるんだが。
「え、これ、くれるのか?」
「貸してあげます」
その時、俺は気付く。
よく見たらこれ、さっきの店で二万円したグローブじゃないか。
「いいのか、こんな高いの」
「後で戻しておけばバレません」
後で……戻す……だと?
「まさか、お前の店のか?」
「はい。なるべく汚さないように使ってくださいね……」
「大丈夫なのか? 店のを勝手に……だろ?」
「バレないですよ、きっと」
「必ずお礼するからな」
「いえ、そんな、お礼なんていいですけど、マナカを、お願いします」
みどりは恭しく頭を下げてきた。
「まかせろ」
キャッチボールセットを手に入れた。
よっしゃ。明日は紗夜子とキャッチボールだぜ!
元気を取り戻した俺は、学校、その理科室へと歩き出す。