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浜中紗夜子の章_4-5

 険しい風車並木の坂道を登り、再び学校にやって来た。


 この雨だというのに風車は変わらず回転を続けていて、俺とは違って働き者だなと賞賛したい。


 さて、昇降口で緑っぽいビニル傘を置いて、靴を履き替え三階、理科室の前に立った。


 そして、廊下に濡れたリュックを置いて、中身をチェックする。服たちを引っ張り出す。ずぶ濡れのリュックをカーペット敷かれてる美しい紗夜子の部屋に入れるわけにもいかないからな。


 中身を見てみると服くらいしか入っていなかったからショックも小さい。これで高価な電子機器でも入っていて壊れたりしたら、悲しいものな。


 そして、濡れた服たちを抱えて、どうしたものかと思案に暮れていると、


「ん? 達矢くん?」


 女子の声。


 振り返ると、三年二組の級長である伊勢崎志夏がいた。


「おう、志夏か」


「こんな所で何をしてるの?」


「お前こそ、休日に登校してるけど何でだ」


「私は生徒会長だから、色々とやることがあるのよ」


 生徒会長だったのかい。


「そうか。いや実は俺な、男子寮を追い出されてしまってな」


「へぇ」


「泊まる所が無いのだ」


「それは大変そうね。特に、今日みたいな雨の日は野宿も厳しいでしょ」


「ああ、屋根のある所を求めて俺はここに来たんだ」


「ここって…………じゃあ理科室に?」


「ああ。お世話になろうと思ってな」


「浜中さんの家に?」


 えっと、浜中っつー名字なのか、紗夜子は。


 さすが生徒会長というだけのことはある。理科室に住んでいる奴の名前を知ってるとはな。


「そうだ。俺は無害な人間だから受け入れてくれると思う。たぶん受け入れてくれると思う。くれるんじゃないかな」


「ま、ちょっと覚悟はしといたほうが良いわね」


「何をだ」


「浜中さんの生活習慣、ひどいから」


「何だ、そんなことか。それなら大丈夫だ」


「え?」


「数日一緒に居たが、俺なら耐えられるし、何よりも俺は紗夜子を更生させる男だぞ」


 すると志夏はフッと笑い、


「そう。まぁミイラ取りがミイラにならないようにね」


「そうだな」


 その点は少し不安だが、まぁ何とかなるだろう。


 やがて志夏は、俺の抱えてる大量の濡れた服を指差した。


「ねぇ、よかったら、それ、洗おうか?」


「ん? いやぁ、それはありがたいが……迷惑じゃないか?」


「大丈夫」


 志夏は俺の服たちを奪い取るようにして抱えた。


「じゃあ、後で持ってくるわね」


 言って、笑顔を向けた後、俺に背を向けて去っていった。


 ありがたいな。本当に。


 で、一人残された俺は再び理科室の扉を見る。


 どうせ紗夜子はまだ寝てるだろう。


「……おじゃましまーす」


 俺は、虫のごとき小声で言って、薄暗い理科室に足を踏み入れた。


「……すー……すー」


 予想通り、まだ眠っていた。

 そしてテーブルの上のごはん抜きの書置きを見て、俺は昼ごはんを食べていないことを思い出したぞ。


 さっき商店街を通ってきたんだから、そこで何か買えばよかった。不覚だ。


 思えば、この町に来てからというもの……アホなことばかりしてるな、俺。


 いきなり遅刻するわ、理科室登校するようになるわ、そんでもって挙句の果てには寮を追い出されるわ……。


「信じられんアホだな、俺は」


 と、呟いたその時、


 コンコンとノックの音。


「はーい」


 ガラッと扉を開ける。


 何やらプラスチックの容器を手にした志夏だった。


「そういえば達矢くん、お昼もう食べた?」


「いや、まだだ」


「じゃあ、ちょうど良かった。お弁当余ってるんだけど、食べる?」


 何だと。


「願ってもない!」


 俺は言った。


「じゃあ、コレ」


 言って、弁当箱が渡される。


「志夏が作ったのか?」


「いいえ。友達が作って来てくれたんだけど、私は違うもの食べちゃったからね。捨てるのは勿体ないし、達矢くんに処理してもらおうかなって」


 処理?


「それじゃあね。あ、お弁当箱は、後で洗濯物届けに来る時に渡してくれればいいから」


 扉をピシャリと閉めて去って行った。


「まぁ、何にしても昼飯が苦労せず手に入ってうれしいっ!」


 俺は言いながら一人、テーブルで弁当を広げた。


 ほのぼの系の動物キャラ(猫みたいなの)が描かれた二段重ねの楕円形をした弁当箱。開けてみると、彩りがあった。


 ふむ、見た目はなかなか、悪くなさそうだ。


 まず鮮やかな輝く黄色をした玉子焼きから食べてみる。


「…………っ」


 カッ!


 稲光。


 ゴロゴロ……ピシャーン!


 雷音。


 俺は箸をカラカラと落としていた。


「いっやぁ、良いタイミングで雷が鳴ったな」


 いやしかし、それにしても、なんだこれは。


「超マズイぞこれ……」


 紗夜子の料理と比べたらこんなものは生ゴミだ。


 しかし、空腹状態。


 そして、米はさすがに不味く炊かれているはずはないだろう。


 俺はそう思い、ごはん部分に箸をつけたが!


 ゴロゴロ、ピシャーン!


 ま、まっずぅ……。


「いや、よく見ればこれは白米ではないっ! 何かで炊き込まれている!」


 何故こんなに米が甘いんだ。そして何で変なニオイがするんだ。まるで、そう、スポーツドリンクで炊かれたような……。


「普通の水で炊けよ」


 思わず弁当相手に叱るように話しかけてしまう俺。なんかもう不味すぎるから。


 かくなる上は、ちょっとお茶を準備しよう。紗夜子はいつもごはんの時にお茶を出してくれるからな。どこかにお茶があるに違いない。


 俺は立ち上がり、キッチンへ行く。緑茶が入ったペットボトルがあった。


「あんな不味いものは、無理矢理お茶で流し込むしかないっ」


 俺はペットボトルからコップにお茶を注ぎ、テーブル前に戻り、また、弁当と対峙した。


「勝負だ!」


 言って、一気にかきこむ。


 噛む。


 お茶で流し込む!


 と、同じような動作を数回繰り返し、ようやく弁当が片付いた。


「ふぅ」


 しかし志夏のやつめ。とんでもない弁当を預けてくれる。思い返してみれば、弁当を処理してもらいたいみたいなことを言ってた気がするな。


 それにしても、こんな不味い弁当を作れる友達ってのぁ、どんな友達なんだろうな。顔が見てみたいぜ。




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