浜中紗夜子の章_3-6
さて、昨日と同じように、カチャカチャと皿洗い。
いやぁ、しかし、とても美味しかった。
で、洗い終えて理科室に戻ると、紗夜子はノートパソコンの前に向かい、ヘッドホンを装備しながらリズミカルにキーボードを打っていた。
怒涛のごとく、ズドドドと。めっちゃ速いな、タイピング。
「紗夜子。何してんだ?」
「ん? 何か言った?」
紗夜子はヘッドホンを外して首にかける形にして言った。
「何してるのかって」
「んとね……あー……見る?」
言いながら、画面を俺の方に向けてきた。
のぞき込んでみる。
すると、
「こ、これはっ!」
アルファベットと数字の羅列がビッシリ!
何これっ!
「ウワァア」
俺は思わず、両手で目を押さえた。
「目がぁ、目がぁああ!」
「……どうしたの」
「俺は、英数字の文字列を見ても気を失う病だと言っただろう! それを知ってこんなものを見せるとは!」
すると紗夜子は画面を指差し、
「これは、そうだなぁ、『情報』の勉強」
と言った。
「そうか。勉強家だな」
「まぁね」
言って、再びキーボードを叩き始めた。
「ただ、たまには外に出ないと不健康だぞ」
「そうね」
「どうだ、俺と外で遊ばないか?」
努めて爽やかに言ったのだが、
「やめとく」
「そう言わずに」
「外出ても、やることないじゃん」
「そんなことはないぞ。外をバカみたいに駆け回るのはとても楽しい」
「そうなんだ」
「勉強ばかりしていると、体調崩すぞ」
「へぇ」
さっきから気の無い返事ばかりだな。
「紗夜子、何か将来の夢とかってあるか?」
「なーい」
「あれか、無気力な若者の典型か」
「そーねぇ」
カチャカチャとキーボードを叩き続ける紗夜子。
「指、疲れない?」
「慣れてるから」
「なぁ、紗夜子――」
カタッ、とキーボード音が止まったので、思わず黙る俺。妙な緊張が走った。そして、紗夜子は言った。
「たっちー。うるさい」
明らかに不快感を示された。
「ごめん」
謝らざるを得ない。
「暇なんだよね。ごめんね。ちょっと待ってて。これキリいいところまで書き終えたら寝るから、そしたら寝てる間パソコン使って遊んでていいから」
言って、またカチャカチャとキーボードを叩いていた。
いや、そういうことじゃなくて、紗夜子の体が心配なんだが。
そして数秒後、
「っはぁーー! 今日の分は終わったぁ」
と言って右手を頭の上にあげて伸びをした。
「そうか、お疲れ」
「うん。したら、寝る。さっきも言ったように、パソコン自由に使って良いから」
「お、おう」
「使い終わったら消しておいてね」
「うむ……」
「んでは、おやすみ!」
言って、紗夜子はベッドに。ぱたりこっと寝転がり、目を閉じてすぐに寝た。太陽が一番勢いを増すくらいの時刻に、だ。春めいた陽気だから眠くなってしまうのはわかるが、それにしたって不健康すぎるだろう。
いかにして、この生活を改善させようか。このままでは紗夜子の体が壊れてしまうぞ。
「すー、すー」
静かな寝息を立てて眠る紗夜子。
その儚そうな姿は美しいけれど、昼夜逆転でひきこもりのこんな生活を続けていればいずれ無理がたたってしまうに違いない。
俺には、紗夜子が体調を崩す未来が見える。何となく、そんな気がする。
そうなってしまわないうちに、固着した昼夜逆転生活習慣を破る手助けをしてやりたい。
お節介なことだとは思うが、昼ご飯を振舞ってくれたお礼に、紗夜子を太陽の下に戻してやろう。
うむ。そうしよう。
俺は決意した。
よぅし、まずはひきこもり脱出について調べてやろう。
俺はノートパソコンの前に座った。