浜中紗夜子の章_3-5
一時間ほど経った。
その頃には、紗夜子も俺を許してくれていて、俺は理科室のソファに座って漫画を読んでいた。ここの本棚は、本当に色んな漫画がある。少女漫画から少年漫画から青年漫画からいかがわしい漫画から賭博漫画まで。もう理科室って言うよりは漫画喫茶って言った方が近いくらいなのだ。
本棚のそばに天蓋つきベッドがあり、紗夜子のお気に入りはベッドから手を伸ばせばすぐに届く範囲にある。そのラインナップを見る限り、そんなにマニアックでもなくて、大衆的に人気のある作品が好みのようだ。
紗夜子はノートパソコンで、何かを見て時々フフッと声を漏らして笑ったりしていた。
しばらくして、ふと紗夜子は、
「そろそろかなー」
言って、ノートパソコンの前から立ち上がり、鍋を見に行く紗夜子。
それまでも十五分に一度くらい鍋の様子を見に行っていたのだが、この後、ミートソースが完成するまで戻って来なかった。
というわけで、ミートソースが完成したのは、その更に二十分後。
ノートパソコンは黒い画面になっていた。
そこに、紗夜子が戻ってきた。
「できたのか?」
こくりと大きく頷き
「ソースはできたから、あとはパスタを茹でればすぐにできるよ」
「おお、そうか。楽しみだ」
「うん、楽しみにしといて」
で、チャイムが鳴って、昼休みになった。
紗夜子は、チャイムの数分前からキッチンに行っていて、俺は彼女が至高の一皿を右手に持って出てくるのを今か今かと待っていた。
すると、ようやく、待ち望んだ瞬間が訪れた。
「できましたー」
お皿を右手に紗夜子が来た。
良い匂い全開でミートソースのスパゲッティが出てきた!
たまらない! 最高!
皿の上が輝いている。キラキラしてるっ!
「はい、どうぞー」
言って、フォークを構えて待っていた俺の目の前に置く。
コトリと音がした。
「おおおお!」
思わず出た歓声。なんか応援してるチームがゴール決めた時みたいな気分だ。スタンディングオベーションしたいくらい素晴らしい見た目と香り。
そして、紗夜子は一度キッチンに戻り、自分の分のミートソースを持って戻ってきた。
そして向かいに座る。
「さて、それでは、いただきます」
「いただきますっ!」俺は言って、食べた。
噛んで、飲み込む。
こ、これはっ……。
「なんじゃこりゃぁあああ!」
叫んだ。
「ど、どうしたの? 美味しくない?」
「うまぁああああい!」
視覚と嗅覚と味覚の芸術!
芸術!
そう、そいつは、まさにルネサンス級!
「こいつはルネサンス級だぜぇええ!」
「あ、ありがと、たっちー」
照れていた。
俺はなおも渾身の叫びをやめない。やめられない!
「素晴らしい! 素晴らしいぞっ! こんな美味いものは食べた事は無い! 今、俺の胃袋は掴まれた! 明日は朝も食べに来ていいか?」
「え? うん」
「うめぇええ。うめぇええええ」
叫びながら、食べていた。
「よかった」
ホッと安堵した様子で、紗夜子は言った。