浜中紗夜子の章_3-3
数分後。
「できたー」
言って、カルボナーラが載った皿をコトリと置いた。
「美味そうにできたな」
「うん」
紗夜子は座って、左手でフォークを握った。
「いただきます」
「おう」
くるくるとスパゲッティを巻いて食べ始める。
「……うまうま」
あまり表情なく食事を進める紗夜子。
だが、表情は無いがどう見ても美味しそうに食べていた。
「お前、左利きなのか?」
俺が訊くと、ちょっと言葉に詰まった後、平静を装って、
「んーとね。両利き」
答えた。
「へぇ、珍しいな」
何だろう、器用なのだろうか。
「昔は左利きだったんだけど、右を使わざるをえなくなってね。がんばって右も使えるようにした」
「左利きってのは良いよな。憧れる」
なんかカッコイイ気がする。
「そう? 日常生活で良いこと少ないって聞くよ。自動改札機とかに左利き用とか見たことないし」
「この町に自動改札機なんて無いだろ。電車通ってないんだから」
「それが、あるのよ」
「何だと。どこに?」
「図書館があるのは知ってる?」
「いや、わからん」
「えっとね、この学校のすぐそばにあるんだけど、そこの地下には貴重な本が多く保管されてるんだって」
「ほうほう」
「そこには、図書館の館長さんから許可を得てカードを発行してもらわないと入れないの。そこに、侵入者防止用のゲートと一緒に自動改札機がある」
「でもそれ、使用頻度低そうだよな……」
「確かに」
言って、クスリと笑った。
「でも、左利きってのは憧れるぜ。俺な、昔キャッチボールとかする時、左で投げたがったりしたくらいにな」
「………………そうなんだ」
「でも利き腕じゃない方で色々やるのって大変だよな、本当」
すると、紗夜子はカチャンと皿を叩くようにフォークを置いて、
「そう! そうなのよね! ホント!」
興奮気味に。
「お……おう……どうしたんだ、急に」
「あ、ううん、何でもない」
言って、髪の中に右手を滑り込ませて頭を掻くと、再び左手でフォークを手にとって食べ始めた。
「たっちー」
「何だ」
「お昼、何のパスタが食べたい?」
「パスタ限定なのか?」
こくりと大きく頷いた。
「じゃあ、ミートソースだな」
「うーん……赤ワイン切らしてるから、あんまり美味しくはできないかも」
赤ワインとは本格的だな。
「いや、そんな、あれだ。無理しなくてもいいぞ。全然。ミートソースじゃなくても、できるもので構わん」
「まあ、頑張ってみるけど、不味くても文句言わないでね」
「おう」
「ちなみに、たっちー。知ってる? 俗に言う『ミートソース』は、イタリア的には『ボローニャ風スパゲッティ』みたいな感じらしいよ」
「ボローニャって何だ?」
「地名」
「へぇ、物知りだな」
「イタリア、好きだから」
「そういや、紗夜子の右腕も、イタリア国旗みたいだよな。赤、白、緑が並んでて」
「そうなの、よく気付いてくれた! たっちー、さすがたっちー」
「俺も好きだぞ。イタリアは。長靴の生産で世界的に有名なんだよな」
ボケてみた。
「特産品みたいにして言われると、それは違うでしょって言いたい」
冷静ツッコミすぎる。
「イタリアの領土の形が長靴のように見えるっていう意味では確かに有名だけど」
「あとイタリアって言ったら、あれだ。エッフェル塔ね。傾いたヤツ」
「エッフェル塔はフランスで傾いてないヤツ。傾いてるイタリアのはピサの斜塔でしょ」
くっ、冷製パスタのような冷めたツッコミだ。
さすがカッペリーニというあだ名を持つだけのことはあるぜ。
「イタリアは、あとチーズだな。長靴みたいな地形してるので有名なんだよな」
「長靴みたいってのはさっきも言った。あと、チーズは確かに有名だけど、たっちーが言いたいのはチーズじゃなくて地図のことね。ダジャレやめて。本格的なチーズって大体丸っこいから。長靴とかじゃないから」
「ひどい子……」
こんなにも愛の無いツッコミはいらない。
「他は?」
「ん?」
「イタリアについて、たっちーが知ってること」
「サッカー?」
「うんうん。あるある。世界トップクラスのやつが」
「太宰とか、よく読んだな。まぁ言っても、教科書に載ってる『走れメロス』くらいしか知らないんだけど。あれだよな、ボールを追いかけてメロスが走るんだよな。そして邪智暴虐の王に向かって必殺シュートを叩き込み……」
「それよく読んだの部類に入んないし。ていうか作家ね。それ作家ね。メロス話違うし。友達助けるために走った感動物語だし」
「お前はひどい奴だな」
「ひどいのは、たっちーの方じゃないの? イタリア好きに怒られるよ? あんまり変なことばっかり言ってると、パルミジャーノ・レッジャーノ・バカって呼ぶよ?」
わけのわからん言葉を唱えてきた。
「パル……何?」
「パルミジャーノ・レッジャーノ・バカ」
「どういう意味だ」
「ホンモノのバカって意味。造語だけど」
造語なのか。
よくわからんが、バカとつくからには、貶められているのだろう。
「なかなかに辛辣だな」
「わたし、前世はイタリア人だったと思うのよね」
変なことを言い出した。
「そうですか」
「来世もイタリア人になると思う」
「お前がパスタに対して並々ならぬ信仰をしているのは理解した。そしてイタリアが難点もありながら大変良い所なのは頭では理解しているつもりだ。だが、前世来世の話を持ち出されると、俺はお前を変なヤツとして認識しなければならなくなる」
俺は偉そうに言ってみたのだが、
「ごちそうさま」
無視された。
ちょっとハートが痛い。
そして紗夜子は右手で食べ終わった皿を持ち上げながら、
「で、昼はミートソースだったわね」
「ああ」
「じゃあ、早速仕込みするわ」
「え? 今から?」
朝ごはん終わったばっかじゃん!
「当り前! ミートソースなめんな!」
おこられた。
「す、すみません……」
「たっちーは、適当にくつろいでて」
「お、おう……」
「さてぇ、やるぞっ」
腕まくりなんかしちゃったりして、何だか張り切っていた。
そういや最初会った時は、全く笑ったりも泣いたりもしなさそうな無表情だったけど、少しは気持ちを顔に出すようになった気がするな。
いや、あるいは、俺の方が紗夜子の感情を読めるスキルをインストールしたのかもしれんが。
ま、とにかく、昼飯が楽しみだ。