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紅野明日香の章_2-3

 さて、気を取り直して、今日も登校。今日も今日とて風が強い。


 空飛んで行きてぇ、とか思う。


「はぁ……」


 急な坂道手前の、緩やかな坂道に並ぶ商店街から、坂を見上げて思わず溜息。


 転校初日の昨日は、ついつい前の学校の時の習慣があふれ出してしまい、十五分前に寮を出たのだった。


 それじゃあ当然間に合わない。学校まで三十分はかかる。


 坂道ダッシュなんて拷問的な登校をする気はさらさら無い俺は、時間に余裕を持って出ることにしよう。


 遅刻魔でサボり魔だった俺は、生まれ変わるんだ。更生して、この街から元の街に戻って、平和に暮らすんだ。そのためには、一日一日の積み重ねが大切なのは、もはや火を見るより明らか。


 初日はいきなり遅刻をしてしまったが、あれは故意ではないのだ。


 とにかく早々に教師陣に更生をアピールして、仲の良い友達でいっぱいの前の学校に戻りたい。朝ごはんが出てくるシステムだけテイクアウトできたら言うことないんだけどな。


 と、その時だった。


「……あ、達矢くん」


「ん?」


 名前を呼ばれたので、声のした方へ振り向くと、


「やっほー」


 女子が手を振っていた。


「えっと、級長だ」


 視界の中心に居る女の子は、こくりと頷いた。


 そう。伊勢崎志夏。美人な級長さんだ。


「おはよう」


「おはよ。よかった。憶えててくれて」


 歩きながら、話す。


「いや、俺もついつい『級長』って言ってしまったことを後悔している」


「え? 何でよ」


「何かボケればよかったかなって」


 俺は女子にツッコミを入れてもらいたがる悪癖を持っているので、級長のツッコミスキルを計ろう、なんて思っていたのだが……。


「ボケる? どんな?」


 おお、降って湧いたようにツッコミスキルの計測チャンス。


「ほら、級長じゃなくて、モンシロチョウとか」


「ん、他は?」


 うぇい、厳しい子!


 ツッコミを入れるに値しないと判断されただと!


 さすがだ。さすが肩書きに「長」という字を持つだけのことはある!


「九官鳥とか」


「なるほど。人でないのに、人を模倣しようとする存在、か。さすがね。他には?」


 いや、頼むからツッコミを入れてください。頷きとかいらないんで。俺はツッコミが無いと生きていけない人なんです。ツッコミという名の水を下さい。


「手帳とってちょー……とか」


「…………?」


 首をかしげてらっしゃる!


 わざとか? ダジャレには冷たい扱いを運動を推進する委員会か?


 そして俺はボソリと、


「……早朝」


「ハズレ」


 ハズレって何だよ。


「盲腸」


「それも違う」


「じゃあ、級長じゃなくて寮長」


「ハズレ……だけどある意味正解」


「え? どういうことだ?」


「私、女子寮の寮長もやってるのよ。だから、まぁ正解よ」


 何だと。じゃあ、昨日別れ際に紅野明日香が言っていた美人な寮長ってのは、志夏のことだったのか!


 既に会ってるんじゃねえか、あの性悪女めっ。何が「そのうち会えるかもね」だ。俺はてっきり、美人で年上でグラマラスな姐さんだとばかり思っていたのにっ、同級生とは!


 なんだか裏切られた気分だ。


「どうしたの? 険しい顔して」


「いや、ちょっとな。それよりも、何が正解だったのか教えて欲しいんだが」


 すると志夏は、


「ああ、えーとね。私が想像したのは、ロココ調って言葉なんだけど」


 とか言った。


「そんなの当てろって方が無理だろ。っていうかロココって、どこの国の何だよ」


「十八世紀のフランス等の建築様式よ」


 真面目に答えるんかーい。


 有名なハワイの料理よ → それロコモコやーんとか言いたいのにー。


「あ、はい。知ってます。ロココ」


「そう」


 ツッコミスキルは、未知数だった。


 というか、そもそも、ツッコミという概念が彼女の中に存在しているのかも疑問だ。見たところ真面目そうだからな。あまり一緒にふざけてくれなさそうだ。


「ところで達矢くん」


「何すか?」


「寮とか学校には、もう慣れた?」


「劇的な環境の変化に一日で適応できるような奴がいるなら、そいつは生身で宇宙空間を飛び回って小惑星でキャッチボールくらいはできるだろうな」


 そう返したら、級長センサーにビビビと来たらしい。

 志夏はピンと背筋を伸ばして立ち止まり、俺を指差した。


「つまり、問題を抱えているのねっ」


 そして同時に通り過ぎる強風。彼女の短めの髪が揺れて何だか格好良い瞬間だ。


「まぁ、そうだな。問題というか……」


「何? いくらでも相談に乗るわよ?」


「と、とりあえず、歩きながら話そうぜ。遅刻しちまう」


「あ、うん」


 二人、並んで歩き出す。


「それで、何? 問題って」


「実はな」


「うんうん」


「何故か、俺は皆に避けられているみたいなんだ」


「あぁ、まぁ、そうねぇ……」


「そうねぇって、何か知ってるのか?」


「そりゃね、普通に考えれば、転校初日にいきなり呼び出しくらって、風紀委員と火花散らしてたら、そりゃ皆怖がって近づけないわね」


「え? ってことは……」


 そういうことか。俺はとんでもない不良だと思われていたのか!


「昨日の朝、放送で呼び出された後、何言われてたの?」


「いや、単純に遅刻して屋上にいたら校内放送で呼び出されて、すぐに教室に向かって……」


「じゃあ、風紀委員との話は? あ、風紀委員って、上井草さんのことよ? わかる?」


「そりゃ、わかるけども……」


「聞いた話によると、昇降口で火花散らして睨み合って、あの上井草さんを退けたって。しかもを戦わずして退けたって……。本当なの?」


 んん? 何となくニュアンスが違う気がするぞ。俺はヘコヘコ謝っただけだ。どこからどうなって武勇伝に昇華した?


「確かに、昇降口で少しだけ言い争って、戦わずに終わったけど、そんな格好の良いものじゃない」


 俺は説明した。


「そっか。でも、まぁ、皆が達矢くんを避けてるのは、達矢くんが上井草さんと互角に渡り合ったっていう情報が流れてるからっていうのが大きいと思うわ」


 なるほど。


「なぁ、級長」


「何?」


「どうすれば、皆が俺を避けなくなりますか?」


「そうねぇ。上井草さんに明らかな形でボロボロに負かされるのが、近道だと思うわ」


「上井草さんって、一体、何者なの?」


「そうね、神話とかで言うところの……」


「言うところの?」


「冥界の支配者……かな」


「ハデスみたいなもんか」


 要するに、恐怖の番長みたいなものだろう。


「あら、詳しいの? 神さまのこと」


「かじったくらいだが、割と神さまとか好きだぞ」


 すると嬉しそうに、彼女は言った。


「そう、良い友達になれそうだわ」


「そうっすか……」



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