浜中紗夜子の章_2-4
で、十五分くらいすると、紗夜子がキッチンから戻ってきた。
冷たいトマトのパスタを右手に持って。
「できたよ。手洗ってきなさい」
何だか、母親みたいなことを言って来た。
「はーい」
子供みたいに言ってみた。
そして手を洗う。
で、その間に紗夜子は一度キッチンに戻り、もう一皿パスタを右手に持って戻ってきた。
「さ、食べようか」
「おう。いただきます」
「いただきます」
二人での昼食。
俺はスパゲッティよりも細いパスタ麺をフォークでくるくると巻き、口に運んだ。
「うめぇ。なにこれ」
超美味しかった。
「そ。よかった」
「何て料理?」
「トマトの冷たいカッペリーニとでも言うのかな」
「へぇ。こんな美味いの食べた事ないよ」
「ありがと」
言って、紗夜子もパスタを口に運んだ。そしてモグモグして飲み込んだ後、言う。
「……久しぶりだな。誰かと一緒に何か食べるの」
「俺もそうだな。今朝は話しかけたら皆が逃げていくという不思議現象が起きてな。ショックだったよ」
「皆に逃げられるって、たっちー、一体何をしたの……?」
「何もしていないはずなんだ。だが、皆が俺に冷たくしたんだ」
「かわいそうなたっちー……」
憐れみの目を向けられた。
「いつでもこの理科室に来ていいからね。わたしは、いつもここに居るから」
もはや理科室とは呼べないけどな。だが、
「そう言ってくれるとありがたい」
「実はわたしも、一人で居るの好きじゃないからね。皆に、一人で居るのが好きみたいに思われてて、誰も来てくれなくて寂しいの」
そりゃま、理科室改造してる人の所になんて誰も来ようなんて思わないよな。
俺だって知ってたら近付かなかった。
「でも、これからはもう寂しくないだろ」
「うん」
こくり、と頷き、パスタを口に運んだ。
「あ、たっちー」
「何だ」
「わたしにあだ名つけてほしいな」
「あだ名……?」
「うん」
また、こくりと深い頷きを見せた。
「あだ名……か。難しいな」
「何でもいいよ」
とは言ってもな。
細い体ってのが一番の特徴と呼べるかな。おでこが広めでチャーミングだったり、良い鎖骨をしてたり、黒髪だったり、制服の右腕にイタリアっぽい色合いのラインがついてたり、目がちょっと腐ってたり、でもとてもキレイだったりするけど、やっぱすげー痩せてるってのが一番この子を表すには適してるんじゃないかな。
「じゃあ……」
「何なに?」
「カッペリーニ」
俺がそう言ったところ、紗夜子はトマトパスタの載った皿を指差して言う。
「それ、これじゃん」
「いや、お前、体細いじゃん。それで」
「あー、でも、なんかヤダ」
こいつ、さっき何でもいいって言わなかったか?
「じゃあ、どんなのが良いんだ?」
「サヨたんとかサヨぴょんとかサーヤとか言ったらどうなの?」
それが、紗夜子の望むあだ名らしい。
だが、俺のカッペリーニというのも捨てたものではないと思う。
ここは、常に折衷案を求めたがる俺らしく、二つのあだ名を混ぜてみようじゃないか。
というわけで、これならどうだろう。
「じゃあ、サッペリーニ」
「混ぜないでよ、きもちわるい!」
がーん……きもちわるいって言われた。
「じゃあ 紗夜子。リカちゃんなんてどうだ!」
ちょっとひねってみる。
「理科室に住んでるから?」
「そうだ」
「ヤダ」
うぇい、ワガママな子!
「じゃあ、サッチー」
たっちーに対応するあだ名だ。
「サイアク」
これもダメか。
「だが、サヨたんとかサヨぴょんは恥ずかしいだろう」
「そういうものなの?」
「ああ、男らしい俺は、そんなサヨたんとか呼ぶことはできないのだ!」
「ふぅむ……じゃあ、しょうがないか……でもカッペリーニは嫌」
「だったら、名前で呼ばせてくれ」
「んー。わかった。確かに、まだ会ったばっかりだもんね。そのうち嫌でもあだ名で呼びたくなる日が来るよ」
何をそんなにあだ名にこだわってるんだ、こいつ。
まぁ正直に言おう。面倒くさくなった。はっきり言って、俺にあだ名のセンスは無いしな。
「ところで紗夜子。そんなことよりもほら、さっさと食べないと、パスタが冷めちまうぞ」
「はっ、最初から冷めてるし。何バカなこと言ってんの、たっちー」
冷静なツッコミだった。
ふむ、ツッコミスキルはそこそこありそうだ。だが、何だか冷たいツッコミだな。
「紗夜子は、なかなかにできるヤツだな」
「は?」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
「あっそ」
それにしても、会話のある食事って良いっ!
たとえそれが無表情無感動に見える子であっても、食堂で避けられるのよりは百倍良い!