浜中紗夜子の章_2-3
何回目かのチャイムが鳴った時、紗夜子は右手を天井に向かって伸ばして、
「う……ぅんっ……!」
言いながら伸びをした。
「なぁ、何してたんだ。紗夜子」
紗夜子は、机に向かって左手にペンを持ち何かをしていた。いくつかの机のうちの、何も置かれていなかった机に向かって。
「勉強」
どうやらそこは勉強机らしい。
「ほう、真面目だな」
ちなみに俺は、紗夜子のベッドを借りて寝転びながら、紗夜子が持っていた漫画を読んでいた。
女の子が読む感じの、絵が綺麗なやつだ。
「たっちーもやろうよ、勉強」
「何年生の勉強だ?」
「何年生とか、そういうのじゃないけど、勉強」
「ほう、どんなだ?」
俺は紗夜子の背後から、紗夜子がペンを走らせていたノートを見た。
そこには……なんと数式がビッシリ!
俺は急いでノートから目を離した。
「――くっ、危ないところだった」
「ん? どうしたの?」
不思議そうに振り返った紗夜子。
目の前に二つの漆黒の瞳。綺麗な目だったけど、目に輝きは無かった。
「いや、俺は、数字列を見ると気を失うという病気を患っているんだ」
ちなみに、英字列を見ても気を失う病だ。
「なるほど。すっごい病んでるね。それで、この町に送られてきたの? 病気で」
「いや、俺がかざぐるま行きになった理由は、遅刻のしすぎと、サボりのしすぎだ」
「なるほどね。不良が理由ね」
まぁ、紗夜子だって似たような理由だろう。
推測だが、何らかのトラウマで学校に行けなくなって、厄介払いに『かざぐるま行き』を告げられたってところだろう。
そして聞いた話によると、この学校は校則があって無いようなものなんだそうだ。真偽は不明だがな。だが、校則が緩いからこそ、紗夜子は授業には出ずに理科室を自室化して住み着いていられると推測される。
普通の学校で理科室改造なんて実現し得ないからな。
「見たところ、お前も結構な不良みたいだが」
「そんなことはないよ。わたしは、ただ理科室を自分の部屋にしてるだけで……」
「それが不良だっつーの!」
「そうなんだ」
「そうさ」
「でも、別に怒られたことないよ」
「それは、この学校が異常だからだ」
「そう? 住みやすいところだけど?」
「お前……」
微妙にズレてるな、こいつ。
「ていうかさ学校での勉強なんて大して役に立たないよ。ここで一人で勉強している方が……」
「まぁ、勉強は大して役には立たないかもな」
だが、実は学校ってのは、勉強するところというよりも、社会というものを学んだり、他人という存在に関することを学んだりする施設なんじゃないだろうか。
とか、サボってしまった俺が言えることでも無いんだろうが。
「ところで、昼休みになったようだが」
「そうね。お昼ご飯を作るよ」
言って、紗夜子は立ち上がり、右手を短い髪の中に滑り込ませてクシャっと握った後、理科準備室跡につくられたキッチンへと消えた。
先刻調べさせてもらったが、あれは良いキッチンだった。
まるで料理研究家のキッチンみたいに広くて、道具も充実していて、冷蔵庫の中身も何故か充実している。
冷蔵庫の中に食品が豊富に入っている時点でおかしい気もするが、もう細かいことは気にしないことにしよう。黙っていて朝食が出る寮があり、更に黙っていても昼食が出てくる場所までも手に入れることができるとしたら、それはそれは素敵なことだとは思わないか?
素敵だ。なんかもう超素敵だ!
さて……俺は、昼食が出てくるまで、紗夜子の本棚にあった少女漫画でも読みながら待つとしよう。