笠原みどりの章_5-5
頭の上に昇った太陽。強い追い風。
学校へ続く風車並木の道を二人歩いた。
「良かったのか?」
「何が?」
「お父さん、こわいんだろ」
「うん、まぁ、でも、お父ちゃんより達矢くんの方が……」
「え?」
ききかえしたのだが、みどりは黙り込んだ。
おーい……中途半端なところで黙られるとモヤモヤするんだが。
その後、長い長い沈黙があって、
「ねぇ……」
ようやくみどりが、しばらくぶりに声を出した。
「何だ?」
と囁くように返す俺。
「ところでさ、避難勧告の話聞いた?」
全く関係ない話になったぞ。
俺は「お父ちゃんより達矢くんの方が……」の続きが聞きたかったんだが。しかしまぁ、避難勧告のことも気になることではあるからな。そちらに答えることにしよう。
「ああ、不思議な避難勧告な。不自然な」
「……すごい。まだこの街に来てそんなに時間経ってないのに、あの避難勧告の違和感に気付くなんて」
いや、志夏と若山さんの受け売りなんだけどね。
「まぁな」
だが、ちょっとカッコつけたくなってカッコつけて言ってみた。
「避難勧告で言ってた空気汚染の場所って、ちょうど商店街の辺りなの」
「ふむ、そうだな」
「でも、ここってメインストリートでしょ? 一番人通りの多い。そこで深刻な汚染が発生しているなら、誰か体調を崩す人がいてもおかしくない。なのに、保健室のお世話になった人は、この一週間で達矢くんだけ」
そうだったのか。
俺、保健室のお世話になった希少な人間か。
「いや、待て。まつりに弾き飛ばされた不良だって怪我して保健室に……」
「いや、あの人たちは不死身だから」
何だそれ。まぁいいか。
「というか、商店街に住んでるみどりが異常を感じないなら、やっぱり汚染なんて――」
「うん。無いよ。汚染」
「だよな」
「汚染なんてされてない。それを何とかうまく表現できないかな」
「表現?」
「うん。表現」
「ここが、汚染されていないことを証明したいってことか?」
こくりと頷いた。
表現して証明……ねぇ。
「風を止めるってのはどうだ? そうすれば汚染されているかされていないかが解るだろ?」
俺は言った。
「風を……どうやって?」
「そうだなぁ、街全体を、布で覆っちまうってのはどうだ? 街を密室化すれば、汚染されていないことが自ずとわかるってもんだ」
「そんなことできるわけ」
「まぁ、非現実的だがな」
言って、俺は軽く笑った。冗談だったからな。
「でも、級長に相談してみようかな」
「たぶん『無理よ』って言われるぜ」
「うん」
その時、強い、風が通り過ぎた。
みどりの髪とスカートを弾いて坂の上へと駆け上っていく。
「ところで……俺たちは今、どこへ向かってるんだっけ?」
「さぁ……」
髪を押さえながら、微笑んでいた。




