笠原みどりの章_5-4
みどりの家を後にして、三十分以上が経った。
うっかり時計を持ってくるのを忘れたので、これは、あくまで俺の体感での経過時間であり、実際は誤差が生じているかもしれないが、少なく見積もっても三十分以上と思うような時間の経過である。
回転風車をひたすらに眺めていたのだが、規則的に回転を続けるものを見ると眠くなるなぁ。なんか催眠をかけられているような気分ってのかな。と、そんな風に眠気を我慢しつつ、みどりを待っていた。
だが、一向に現れない。
三十分待ってと言ったのだから、まさか一時間掛かるなんてことはないだろう。
そんな計算ができない子ではあるまい。
で、俺は以前まつりと競争した時にスタートラインがあった辺りに立ち、無意味にクラウチングスタートして笠原商店へと向かった。
何か事故に遭ったり、事件に巻き込まれたりしてないと良いが。
笠原商店に着いた。
みどりとすれ違わなかったということは、まだ家の中に居るのだろうか。それとも、俺のことなんてどうでもいいと思っているのだろうか。
ともかく、俺は店の引き戸を開けた。
するとどうだろう。
「娘にはもう会わせん!」
怒号が響いた。
思わず体が、びくっとなる。それは、俺に向かって投げつけられた大声だった。
「な、何ですか……急に……」
「娘には、もう会わせんと言ったんだ!」
「んな、何で……」
「自分の胸に聞いてみろ!」
えっと、もしかしてバレた?
みどりをずぶ濡れにさせてしまったこと。
「昨日のことですか……」
「聞けば、ずぶ濡れにさせてくれたそうではないか。にも関わらず、何の謝罪も無かった! 君のような誠意の無い人間を娘と二人きりにすることはできん!」
あの御喋り娘がぁ。
いや、誠意の無い俺が悪いんだが。
「申し訳ありません!」
今さら、謝った。
「ふん、今さら謝ったところで許せるものではないわっ!」
「このとーり、このとーりっ!」
土下座。
人生で、えっと、何度目かの土下座。
「ええい、土下座すればいいというものではないわっ!」
否めないっ!
誠意の無い土下座意味ないっ。
と、その時だった。
ガラッと背後の引き戸が開いて、声がした。
「何……してんの、達矢くん」
「土下座っす」
俺は答える。頭を地面に擦りつけながら。
「何させてんの、お父ちゃん」
「みどり、いつの間にそこに……」
「普通に玄関から出れば回りこめるじゃない」
「しかし、外には出るなと言ったはず」
「で、何させてるのよ、達矢くんに」
「お前をずぶ濡れにさせた男に、娘にはもう会わせないと言ってやっていたんだ!」
「バッカじゃないの?」
「なっ……」
「ほら、行こっ、達矢くん」
「え、いや、でも……」
みどりは、俺の腕を掴むと、無理矢理立たせ、店の外へと俺を連れ出した。
「行ってきます、お父ちゃん」
ピシャンと引き戸が閉じられた。