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笠原みどりの章_5-2

 朝食、後、部屋でダラダラ。


 昼になり、降っていた小雨も上がり、空が晴れた。


 そして、良い天気が戻って来たところでやって来たのは笠原商店の前だったりする。


 何だかんだ理由をつけて、みどりに会いに来たんじゃないかという疑惑が頭の中で舞い踊っていたりするのだが、まったくそれを否定できない。


 きっと、上手い下手は置いておいて、誰かとのコントや漫才的なやり取りがしたい。つまりはコミュニケーションを求めているのだ。


 もうこの際誰でも構わん。


 みどりじゃなくても、みどりのお父ちゃんでも良い。


 勝手に追い詰められているような心境で、悲壮な思いを胸に今、笠原商店入口の扉に手を掛けた。


 そして開けると――


「…………」


 無人だった。ずーんと沈む俺。


 こうまで求めたことが得られないと、当て所のない怒りすら感じてしまうぜ。


 だがしかし、その時だった。


 誰かが店の奥からやって来る足音。


「いらっしゃい……おお、達矢くんか」


 父かよっ!


 みどりが出てくるのを期待したのに!


 でも、何だか様子がおかしいな、笠原父。元気が無いぞ。


「はぁ……」


 溜息まで吐いている。


「あの、どうかしたんですか?」


「いや、ちょっとな……娘のことで」


 娘。つまりみどりのこと。


 どういうことだ。


 まさかっ!


 昨日、あれだけずぶ濡れにさせてしまったんだ。


 みどりは志夏の所で志夏に服を借りて着替えただろう。そして行きと違う服装で帰ってきた。


 いや、あるいは、「洗って返すから」と言って志夏の服を持って帰ってきたかもしれない。寮で洗濯乾燥をするにしても、マトモなみどりの性格なら洗って返すという思考を展開させるに違いない。


 で、それを(いぶか)しく思った笠原父は、帰ってきたみどりを問い詰める。「何故服が行きと違うんだ」あるいは「何故服を持って帰って来たんだ」と。


 そして、みどりは言うのだ「お父ちゃんには関係ないでしょ、放っておいて!」と。


 そのみどりの発言が意味するのは、俺を(かば)っているということ。


 俺のせいでずぶ濡れになったと笠原父に知られれば、怒りの矛先が俺に向いてしまう可能性がある。それを回避するために、服を着替えた理由や服を持って帰って来た理由をひた隠したのか。


 やべぇ、優しさに感動だぜ。


 こんな、相合傘の末に女の子をずぶ濡れにしてしまう程の情けない男のためにそこまで……。


 そして、そんな娘の姿を見て父は思い悩む。外で何かあったのではないかと。


「達矢くん……昨日、娘と何かあったのかい?」


 やはり!


 心を鎖されたと思った父が考えるのは、外で起こった事件のこと。


 つまり、みどりがずぶ濡れになってしまったことだ。


 正直に話すべきだろうか。いや、しかし、それではみどりが嘘を吐いてまで隠してくれた俺の罪が露呈することであって、それを果たしてみどりが望むだろうか。


「えと、おじさん、何か、あったんですか?」


 とりあえず訊いてみる。


「いや、実はな、昨日、みどりが行きと違う服で帰って来たんだ。しかも、帰って来た時、ただいまも言わずにコソコソと」


 それはそうだろう。元着ていた服はびしょ濡れだったからな。そして、それを隠しながら部屋に言ったと推測される。


「それで、問い詰めたんですか?」


「いや、達矢くんなら問い詰められるかい? 突然、よそよそしくなってしまった娘を。おそろしいじゃないか。何を言われるか……」


「はぁ、そういうものですか」


 俺は親になったことがないからな。わからん。


「色々考えて、話しかけてみようと決意するまでに朝まで掛かったよ。それで、いざノックしてみたら、何の反応も無い。いつもなら、もう起きている時間なのだが……」


 ていうか、こんなに笠原父を悩ませてしまっている原因が俺にあるんだよな、実は。俺がちゃんと相合傘をやり切っていれば、寮に着くまでみどりをずぶ濡れにさせることなく送っていれば、笠原父がこんなに落ち込むことはなかったのだ。


 これは、笠原父にも詫びなければならないかもしれん。


 だが、今はそれよりもみどりに会いたい。みどりに会わなくては砂漠で水も無く干からびてミイラになってしまうくらいにみどりと顔を合わせることを渇望しているのだ。


「あの、みどりさんは今……」


「部屋に居るよ。二階上がってすぐの部屋だがね。帰って来るなり部屋に直行。まだ起きて来ない。もう何が何だかわからなくて……」


「閉じこもってしまってるわけですか」


「ああ。そうだろうと思う。達矢くん。もしかしたら、達矢くんになら心を開くかもしれん。娘を頼む」


 すぐ謝るけど明るくて可愛いみどりが閉じこもったりするとは思わんが。


 いや、しかしまぁ、俺の中のイメージと実際の性格が合致しないことも間々あるだろう。あまり喋らなさそうに見えるのに、結構な御喋りだしな、みどりは。


 俺は好奇心も手伝って、みどりの部屋に行ってみることにした。


「あ、じゃあ。失礼します。二階上がってすぐでしたよね」


「ああ。頼んだ」


 俺は靴を脱ぎ、みどりの部屋へと向かう。


 木の雰囲気を生かした優しい感じの家。階段も木でできていて、踏むたびにぎしぎし鳴いた。


 階段を上り切ると、木の扉。『みどりの部屋』と記されたプレートが顔の高さくらいの場所にぶら下げてある。


 わかりやすくて実に良い。


 そしてこれを作成した彼女が、いそいそと取り付けているその姿を想像してみると、実に良い……。


「実に良い……」


 思わず呟くほどに。


 さて、それよりも今は、みどりに会わなくては。


 仮に、本当に閉じこもってるしたら、やっぱり俺の責任のような気もするしな。


 俺は、一つ深呼吸をして、扉をノックした。


 すると、中でドタバタする物音がして、すぐに扉が勢いよくガチャっと開いた。


 登場したのは、ぼさぼさ髪でパジャマ姿の笠原みどりだった。


「お父ちゃん、ごめん! 寝坊し――」


 言って、顔を上げたところで、俺と目が合った。


「よう」


「     !」


 言葉にならない様子。


 口をぱくぱくさせている。可愛い。


 後、大きく息を吸う、叫ぶ。


「ほえええええええええええええ!」


 大声だった。


 そして、バダンっと開けた勢いよりも更に勢いよく扉が閉まり、部屋の中から声。


「何でっ! 何で達矢くんがここにいるの!」


「いやぁ……みどりの顔が見たくてな」


 ドア一枚挟んで会話する。


「やだっ、髪ボサボサ……ていうかあたし寝起きじゃないの……どうしよ。どうしよ……」


「おーい、みどりー。何してんだー。出て来いー」


「三十分! 三十分待ってっ!」


「何で……」


「いいからっ!」


「そうかい」


 よし、三十分。部屋の前で待っていよう。


「早く行ってよぅ! 部屋の前で待ってないで!」


 考えていることが読まれた。


「そ、そうか。三十分な」


「もうっ」


 扉の向こうからの可愛らしい呟きを背中に受けつつ、俺は木の階段で階下へと降りた。


「今、今娘の声が聴こえたが、もしや、心を開いたのかい?」


 さっきのほええええという叫び声が心を開いたと判断してるんだとしたら、変な父だなと言わざるを得ないが。


「三十分待ってくれ、とのことです」


 報告。


「そうか。ありがとう。お茶でも飲んで待っているかい?」


 それは、少し退屈というか……お茶を飲むというのはつまり、笠原父と会話するということになるだろう。


 今、笠原父と会話すると、後々みどりとの話に矛盾が生じた時に言い訳のしようがない。


 笠原家の大事な一人娘が雨に打たれたことを知られるのは、困る。


 男らしく謝るという選択肢も無いことは無いが、何だか今さら言えない。


 みどりが父に『濡れちゃった事件』のことを言っていないのは、俺に気を遣って嘘を吐いたり黙っていたりしたわけではないだろうと思う。


 最初は俺に気を遣っているのだと思っていたが、さっきのみどりの態度を見ると、そういうわけでもない感じがした。


 となると、男らしく頭を下げることには何の障害も無い。無いのだが。


 そこは、ほら、やっぱ、こわいじゃん。


 烈火のごとく怒られて、「もう娘には会わせん!」とか言われて面会禁止になったら、プチ不良である俺はついにグレてマジ不良への道を歩み出してしまうかもしれん。


 というわけで、ここは逃げよう。


「や、俺ちょっと散歩に出るんで、みどりが降りてきたら……そうだな、湖がいいか。湖に居るって伝えてください」


 俺は靴を履きながら言って、立ち上がった。


「わかった。ありがとうな、達矢くん」


「いえ、むしろごめんなさいって感じですけど」


「え? 何て?」


「あ、何でもないです。それじゃ、失礼します」


「いってらっしゃい」


「はい、いってきます」


 俺は言って、逃げるように店を出た。




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