笠原みどりの章_4-3
「…………」
会話がない。
みどりは、何だか恥ずかしそうにしてて、こちらを向いてもくれないし、ていうか、よくよく考えてみたら、これ、いわゆる「相合傘」じゃねえか!
そんな事実にようやく俺も気付いて急に恥ずかしくなった。
俺の耳には、パチパチと、弾けるような音がずっと響いている。強い雨が地面や傘を叩いているのだ。
と、そんな時、ゴロゴロ、ピシャーンと激しい雷音。
「…………」
しかし、みどりは特に恐がることもなかった。
んで、まだ商店を出て数分しか経っていないというのに、俺の右肩はびしょ濡れ。というのも、二人の距離が開きすぎていて、小さな緑っぽいビニル傘に収まらないのだった。
いや俺が濡れるのは全然構わないんだが、みどりの肩も少し雨に打たれてしまっている。
これは、何とかしなくては。
「みどり……」
俺が彼女の名を呼ぶと、
「何でございましょう!」
何だろう、みどりの様子がおかしい。
「変な言葉遣いだな」
「すみません……だって、恥ずかしくて」
俺だって恥ずかしい。なんか、くすぐったい感じだ。
「あのな、こう、傘小さいだろ。もうちょっと寄ってくれないと、みどりが濡れてしまうのだが」
「あっ。ごめん……」
言って、近づいてきた。俺の半身がビシャビシャになってるのに気付いたらしい。
時々、肩が触れ合う。
ドキドキする!
だが良かった。
これでみどりが濡れなくなったし、俺の濡れてしまう部分も小さくなった。
しかし、それにしても、何だか会話できない。
なんと言うか、そういう余裕がない!
居心地の悪い沈黙を破ったのは、みどりだった。
「ね、達矢くん」
彼女が俺の名を呼んだ。
「何でございましょう!」
どうしよう。俺の様子がおかしい。
「……変だよ? 言葉遣い」
「ははぁっ! 申し訳ないでござる!」
唐突にザコな田舎ざむらい風。
「変な人」
言って、笑っていた。
その言葉、そっくり返してやりたいぜ。
「達矢くんは、どうしてお店に居たの?」
「か、勘違いするなよ。別にみどりに会いに行ったわけじゃないからなっ」
何言ってる、俺。
恥ずかしがってツンデレになってるぞ!
落ち着け、俺!
俺にそんな属性はいらない。
「あたしね……」
「何でございましょう!」
「まだやるの? それ」
「ん、すまん」
「それで……えっと、何話そうとしたんだっけ?」
「俺のことが好きだってことじゃないの?」
「違うよ」
うぇい! ふられたー!
軽薄告白が即答で出足払いっ!
「そうすか……」
ずーんと沈む俺。
雨降りの暗雲よりも暗くなった。暗澹オーラがほとばしる。
「あ、違う。違うよ。達矢くんのことが好きじゃないとか、そういうことじゃないから、あの……そんなに落ち込――」
「――好きってこと? 俺のこと」
「ぁ……うぁ……えっと……はい。好きですけど。それは、えっと……どういう好きかは、わからないですけど、好きですけど、好きじゃないかも」
わけわからなくさせてしまった。
「すまん。忘れてくれ。この一連の会話を」
「はい、すみません……」
しばし無言。
「で、何を言おうとしたんだ。さっきは」
「それは忘れました。でも、達矢くんのことは、かなり少しけっこう好きです」
文脈がメチャクチャだ。わけわからん。
どのくらい好きなのか、さっぱりだぜ!
「でも、どういう所が好きなんだ。俺なんかの」
「オーラ」
みどりは、結構多用するよな。オーラって単語。抽象的でよくわからんが。
「どんなオーラ出てるの、俺」
「おおらかな、オーラかな」
「――ダジャレかい!」
「え? 何が?」
「無意識かーい!」
なにその奇跡!
実は計算してんじゃないのか、この娘っ!
見ると、ニコニコしていた。楽しそうだから、どっちでも良いか。
「楽しいね」
「ああ」
それから、また無言になった。
でも、今度は心地良い無言だ。
みどりの機嫌の良さが伝わってくるような、何と言うか、ポジティブな無言。
相変わらず雨はザーザー降りだが、何だかポカポカと温かい空気が傘の中にはあった。
と、その時だった!
「うおぁ!」
俺は何も無いところで転びそうになった。
「あぶないっ」
抱き留められる。
傘が落ちて、雨が体を打った。
「……なんというか、すまん……」
「はい……」
何だか、何だか温かい。
普通、女の子が転びそうになって抱き留める場面のような気がするが、細かいことはどうでもいい。
好きだ、と思った。
「あの……重いです……」
「うわっと、ごめん!」
俺はみどりから離れ、大急ぎで傘を拾おうとした。
拾おうとしたのだが――
ずるぅっ、ぱしゃーん。
「た……達矢くん!」
水たまりにダイブした。
治り掛けの右膝をしたたかに打ち付けるっ!
痛いっ!
ドジっこ全開である。
つーか何やってんだ、俺は!
アホか!
駆け寄ってくるみどりは、もうすっかり雨に濡れてしまっている。
何て情けない男。
俺最低! バカ!
「だ、大丈夫ですか?」
「泣いてもいいっすか?」
「え……」
どこまでも女々しかった。