晩夏の風
乾いた黒土に、輪郭からはみ出るように湧いて出る汗がこぼれ落ちて染み込んでいく。それにかまうことなく足元の溝をさらに深く掘り、血豆だらけの両手でしっかり握ったバットを耳元にかまえる。頭の中の相手投手をいつもより近めに設定し、放られた透明の硬球に向かって練習用の重たいバットを押し出すと、低い音を立ててほぼ水平に空を切った。
今日、先輩たちの夏が終わった。来年からはとうとう俺らが主役。明日の練習からは俺が主将を任されることになったのだが、正直不安で仕方がない。いつも先輩に引っ張られてばかりで、率先して指示を出すようなタイプではない。先輩達からチーム一の練習量をほめてもらっての主将就任だったが、それは俺が人一倍野球が下手だからだ。誰よりも練習していないと同級生に追いつけないのだ。だから俺はとにかく練習に練習を重ねてきた。
俺以外に誰一人として居ないこのグラウンドで、もう何時間素振りをし続け、その間何度の真空状態を作り上げてきたのかも分からない。夏の空は、入道雲が引っ張ってきたのだろうかいつの間にか濃い橙色に変わっていた。細長く伸びた自分の影に向かって、一滴また一滴と大玉の汗が落ちていく。頬を伝う汗の筋がもう一滴落とそうとした瞬間、センターの奥の古い得点板の方から勢いよく風が吹いてきた。それはまるで今後の俺らを示唆するような向かい風。得点板の上の方にある校旗が、なびくというより強い風に叩かれている。
一瞬の出来事に、ワンテンポの間が空く。強い風の塊の後にやってきた弱い風に拍子抜けし、全身の力が抜けた。バットの先を蒸れた黒土に置き、腹で柄の部分を支える。腰に手を当て状態を仰け反らせると、顔面にたまった汗を拭っていく涼風が心地よい。
ひと呼吸置き、またバットをかまえると、握りこぶしの内側で血豆が疼いた。とにかく限界の限界まで、不安という向かい風をこのバットで切り裂いていく。何よりチームの追い風となるために。頬を伝う汗の筋を、また涼風が拭っていった。
実はいつかの俺の姿だったり。