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修活  作者: エフ


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プロローグ

その朝、鈴木蒼は、自分の頭頂部から世界が終わる予感だけを感じていた。


「……なるほど。」


2004年5月25日生まれ、O型、二十歳。

灘高を経て高千穂大学商学部に進学し、東京都世田谷区の六畳ワンルームで、毎朝同じ儀式をくり返している。七三わけの分け目に、三陸産ワカメを丁寧に貼りつけるのだ。


右手の中指だけが異様に長く、その指先で生え際をなぞる。

鏡の中の自分は、170cm・69kgの普通体形なのに、表情だけは人生に追い詰められた男のそれだった。


紫系のジャージを羽織る。

タグには高級ブランドのロゴが縫い込まれているが、ぱっと見は完全に「近所の公園にいそうなダサい兄ちゃん」。

金はあればあるだけいい。そのくせ、金持ちに見えるのは少し怖い。


財布を開く。札はある。

だが、この札たちはすぐにハンバーグと抹茶ラテと募金に消える運命だ。


スマホを手に取る。ホーム画面には、幼馴染の加藤茉奈とのツーショット。

ロックを外すと、真っ先に開くアプリは銀行の残高確認アプリ。

自分がどれだけ“いい人”をやりすぎたかが、一瞬で分かる。


残高を見て、ため息をつく。


他人からどう見られているかは、だいたい分かっていた。

募金しすぎて帰りの電車賃をなくす。

のぞきは週1回までと自分で決めているのに、守れた試しがない。

高校時代にはインサイダー取引に手を出して捕まり、裁判中に裁判官に告白して玉砕した。

正確に言えば、クズというより、クズをやろうとしてもどこか善意と間抜けさが混ざる男だ。


それでも、向こうから「仲良くしたい」と思われる人間でいたい。



ぎりぎりまで寝て、時計を二度見してから飛び起き、歯も磨かずに大学へ向かう。

頭にはワカメ、足元は安そうに見える高級スニーカー。

電車の窓に映る自分の姿は、どう見ても「ダメ野郎」そのものだ。


高千穂大学のキャンパスに着くころには、一限は終わりかけていた。

教室の扉をそっと開ける。教授の視線が刺さる。


「すみません、遅れました。」


小声でつぶやいて席に滑り込む。

教授はため息をついたあと、黒板の「リスクとリターン」を指さした。


「鈴木君。きみの人生は、講義のいい教材になりそうですね」


教室が少し笑った。

蒼は、笑われているのか、期待されているのか分からない顔でノートを開いた。

教授に「別の意味で期待されている」理由は、のぞき趣味の横流しだとかいう噂がある。

本当かどうかは知らないが、無視するには妙に説得力があった。


ノートの端には、「M字はげの断面図」と、「23億→10万」の矢印。

先月、父から聞いた話が、まだ頭から離れない。


かつて鈴木家には、23億円の資産があった。

ビットコインで築いた一時の栄光。

ジンバブエドル詐欺で、それが紙切れになり、現在の貯金は10万円だけ。


あのとき、リビングで父が笑いながら言った。


「まあ、紙ってのはトイレットペーパーにもなるからな」


裸族の家族が、誰も笑えなかった沈黙を、蒼はよく覚えている。



講義後、工場バイトへ。

生活は食費>募金>髪のケア>生命保険で回っている。

そのどれもが、金のかかる趣味だった。


工場では、流れてくる歯磨き粉のチューブにキャップを付ける。

右手の長い中指が、ここでは唯一の才能のように思える。


「今日はまんじゅうは付けないでくださいね、鈴木君」


バイトリーダーの釘刺し。

以前、差し入れのまんじゅうをキャップ代わりに乗せてラインを止めた前科がある。


「はい、気をつけます。」


黙々と作業しながら、銀行アプリの残高と、今夜のハンバーグを想像する。

募金をすると、いい人になれる。

その代わり、帰りの電車賃がなくなる。

100円以下になると、自販機周りを這いつくばる自分が浮かぶ。



バイト後、松屋でハンバーグ。

抹茶ラテはセブンイレブンで。

最近、他より高く感じて、レジでため息が出る。


帰り道、ゲーセンに寄る。

RMTで小銭を稼ぐ秘密の現場。

地元磐田の同窓生たちと、同じようなことをやっている。



夜、部屋に戻る。

整然とした六畳に、意味不明なガラクタが並ぶ。

ささくれだらけの指先が、棚の角に触れるたび、少し痛い。


鏡の前でワカメを外す。

M字のラインが、くっきり浮かぶ。


「……まだ、Mか。」


Iになったら、人生観が変わる。

変わってほしくないような、変わってしまいたいような。


スマホが震える。

茉奈から。「今度、ジュビロード行こ」。

地元磐田の、自虐的に愛している商店街。


蒼は鏡に向かって、ぼそっとつぶやいた。


「いいかもな。」


その情けなさこそが、自分の“普通の一日”なのだと、少し笑えた。

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