離脱
ベッドに仰向けになり、意識を背中から〝抜く〟。うなじのあたりから抜け出して、そのまま斜め下に滑り落ちていく要領だ。
蛹の背中が割れてそこから蛾や蝶が出てくるのに似ていなくもない。違いがあるとすれば、蛾や蝶は新しく得た翅を広げて大空に飛び立つのに対し、私は身ひとつで暗い地中に沈んで行くというところか。
中身が失われた抜け殻が、虚ろにとり残される点は似ていると言えるだろう。
抜け出た私の意識は、ベットマットのスプリングの隙間を知覚しながら、重力に引かれるように下方へと沈んでゆく。
一階にある寝室の床を透過すると、冷たい地面が意識の背中に触れた。
突き固められた地面に沈降速度は一旦緩むが、首筋から落ち込むイメージで、意識を染み込ませていく。
足の爪先を最後に小石混じりの土の中に全身が浸ると、後は楽だ。
あたかも川底から水面を見上げるように、地中から地面を仰ぐ。屋敷の真下、光のささない土の中で、見えるはずもない地上世界が遠ざかってゆくのがそれでも感じられる。
今は冷たさも感じず、浮遊感と、若干の息苦しさを覚えながら、頭を下に仰向けの姿勢でゆっくり落ちて行く。
ーー
幽体離脱という現象なのか、私は子供の頃から自分の意識を身体から遊離させることができた。夜、隣の布団で祖母が寝息を立て始めた頃合いに、身体はそのままに意識体だけを起き上がらせる。始めは意識体の上半身にあたる部分を起こし、両腕で意識体を支えながら、次は両脚からも意識体を引き抜くのだ。
身体から解放された私は、畳を踏むことなくゆっくり浮上してゆく。そのまま障子を抜け、廊下のガラス戸も通り抜けて庭に出る頃には、庇位の高さに浮いている。
心の向くままに夜空を上昇し、屋敷の屋根の高さを遥かに超えると、月あかりの下で古瓦を載せ、静寂に佇む我が家や、周りの田畑を縫うように巡るアスファルトの道路、その脇の水路が青白く月光を反射する様や、裏山の竹藪の暗がりなどを上空から見下ろしたりしていた。
ところがある時、何かが自分を追って暗い地上を走っていることに気づいたのだ。得体の知れない存在に恐怖を覚え、逃げようとするが、上手く飛ぶことができない。飛ぶ方向を変えることができずにどこまでも真っ直ぐ流されていったり、高度が維持できずに追手の待ち受ける地上に引き寄せられたりしてしまう。
私の密かな楽園は、夜ごと訪れる恐怖へと変わった。意識を切り離さないまま寝るようになり、成長と共に、いつしか記憶の彼方へと忘れ去っていったのだった。




