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 朝食を食べた後、おれたちは余裕をもって駅へ向かう。

 今日も学校なのだ。

 電車は朝の通勤・通学ラッシュで混雑していた。だが今朝は猪熊くんが隣にいるので新鮮な気持ちだ。

 ぎゅうぎゅうの車内にふたり身を寄せ合いながら学校の最寄駅の到着を待つ。

 猪熊くんはさりげなくおれから人混みをかばうように立ちつつ、小声で囁く。


「なんかいいな、ふたりで登校するの」


 猪熊くんもおれと似たようなことを考えていたらしい。

 横顔は、いつも通り。何の変わりもないけれど――。


『好き……好きだよ、水島』


 おれの方には、夢の名残りが、耳の奥にまざまざと蘇ってくる。猪熊くんの囁き声は想像するだけでも毒だった。

 猪熊くんの体温は近い。もしもあの夢を再現するのならこれぐらいの距離感のはずだ。


「そ、そうかな」

「どうした? なにかあった?」


 猪熊くんがぐいと顔を近づけてくる。いやいや、とおれは慌てて首を振る。


――あんな夢を見たばかりだし、意識しすぎだ、おれ。


 猪熊くんにその気はさらさらないだろうに。

 おれは意識して軽い声をあげた。

 

「大丈夫だよ!」

「そ」


 猪熊くんは少し笑い、おもむろにスマホを開く。少しだけ操作をして、またすぐにポケットへ入れる。

 電車は相変わらずがたがたとゆれている。

 おれはなにげなく自分のスマホを取り出した。――SNSの通知が来ている。

 ren_tankaさんが投稿したのだ。

 おれの指は自然とSNSに繋がるように動き――見た。


「『「夢か、ゆめ それでよかった」――「好きだ……好き」 まどろむうちに染み込めばいい――#恋するtanka #一夜目』……だな」


 耳元で小さく読み上げられ、心音が大きくなる。猪熊くんがおれの手元を覗き込んでいた。

 好きだ……好き。その声の抑揚が、まるであの夢のように響く。現実に、侵食してくる。


「ren_tankaさんが好きって言ってたもんな? 朝からラッキーじゃん?」

「いのくま、くん……」

「っ!」


 自分の顔はいまどうなっているのだろう。

 ただ、猪熊くんはおれを見るなり、ばっと口元をおさえて思い切り顔を逸らせた。首筋が、赤くなっている。

 猪熊くんがぽそりとこぼした。


「やべ、かわい……」


「夢か、ゆめ それでよかった」――「好きだ……好き」 まどろむうちに染み込めばいい


 ren_tankaさんの短歌と、今。本来はまったく重ならないはずなのに。


――『好きだ……好き』。まるで、おれの頭の中を覗き込まれているみたいだ。


 おれの見た夢まで、ren_tankaさんはお見通しなのではないか。おれが、猪熊くんに好きだと囁かれる夢を。

 ごくりと唾を飲みつつ、猪熊くんに、尋ねた。


「……一応聞くけどさ。猪熊くん、おれの寝ている間になにか話しかけてたりする……?」


 猪熊くんは、ゆっくりと瞬きをした。長い睫毛に気を取られるうち、猪熊くんが小さく言った。

 

「ん? どうして? ……もしかして夢、でもみた? ……オレの夢?」

「え、いやっ、ごめん!」


 おれは急に恥ずかしくなった。馬鹿みたいだ。そんなはず、ないのに。

 猪熊くんの観察してくるような視線にも、耐えられない。


「夢だよね、うん、夢だ!」


 ちょうど、電車が最寄駅に到着したのに合わせ、おれは駅のホームへと急いだ。

 幸いにもそれ以上の追及はなかった。



 おれと猪熊くんが一緒に登校してきたので、一部のクラスメートからは不思議に思われたみたいだった。

 席についた後、柿本がおれのところまでわざわざやってきた。

 猪熊くんはさっそく待ち構えていた友人たちと楽しげに談笑している。

 柿本はおれと猪熊くんを見比べていた。


「え、なんで猪熊と一緒に登校なんだ? 実はさっき駅でもみたんだけど」

「そりゃまあ、うちに今泊めてるし」

「……は?」


 柿本は呆けた顔になってから我に返った。


「え、そりゃーびっくりだわ。はー、あの猪熊が……すげー仲いいのな。最近、あいつ、おまえにべったりだもんな。あんな距離感で他人と接してるの、見たことないもん。気に入られてるな」


 柿本は猪熊くんと昨年も同じクラスだったとのこと。その頃と比べて感心しているらしい。


「……そうかな」


 曖昧な相槌になったのは、自分でもよくわからなくなってきたからだ。

 猪熊くんはおれをきっと好意的に思っているし、友人というカテゴリーに入れてくれているはずだ。

 でも他人から「べったり」や「気に入られてる」と言われると。


「……あのさ、聞きたいんだけど。おれと猪熊くんが仲良いのって……ヘンかな」

「え、なんで?」


 おれは言葉に迷う。猪熊くんとの距離はこれで正しいのだろうか――そんなことを言いたかったのだけれども。

 

「うーん、なんか言いづらいけど、猪熊くんといると変にどきどきするというか、あ、いや、別に恋ってわけじゃないんだけど」

「恋じゃないのか?」

「うん……たぶん」


 フラットに返され、同じくフラットに返す。

 

――あ、否定するとちょっと苦しい。


 ずんと心が重くなる。

 柿本は気にしたようでもなく、ふむ、と顎に手をやりながら考えた後、思いついたように告げた。

 

「ならあれかな。推しってやつだ。直接会うと心臓がときめく。眺めてるだけで幸せ。推しの幸せを祈る」


 「推し」。オタクが使うばかりでなく、たとえば、俳優やアイドル……アニメキャラ。自分の応援する存在に使う用語だ。

 

「そうかなぁ」

 

――しっくりこないなぁ。


 猪熊くんはかっこいいなと思うけど、クラスメートだし、偶像ってわけじゃない。おれと対等に会話しているし、崇める存在ではないのだ。

 「推し」ならば、ren_tankaさんのことを言うのだろうが……。

 『恋じゃないのか』。柿本の何気ない言葉が、妙に頭の中に居座っていた。

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