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『ren_tanka:傍にいて まだ足りなくて 波寄せて 逢瀬の島を待ちわびている #恋する短歌』

『りく:はじめまして! ren_tankaさんの短歌をいつも楽しみにしている高校生です。最近では「#恋するtanka」の短歌にはどきどきさせられてます。なにか心境の変化があったのでしょうか…!』

『ren_tanka:読んでくれてありがとう。心境の変化は……あったかも』

『りく:まさか、ずばり、恋、でしょうか……!!』

『ren_tanka:それは内緒かな。……がんばってつくるのでみていてくれるとうれしいです』

『りく:もちろんです!! これからも応援してます!!』



 午後は古典の授業だった。年配の男性教師が教科書を片手にとうとうと話をしている。


「和歌は平安貴族のコミュニケーション手段でした。恋愛において、一緒に過ごした夜の後、後朝きぬぎぬふみ――和歌を贈るのが習慣で、和歌集などにも多く残っています。この和歌というのは、明治時代になって少し変化が加わって――短歌となっていきます」


 短歌と言う単語を聞いたおれの意識ははっと元に戻された。前方には国語教師が立っていて、古典の話をしている。

 先ほどまでぼうっとしていたのだ。

 先日、思い余ってren_tankaさんの短歌に直接リプを送った時のことをまた思い返していたのだ。

 いつものおれならきっとリポストといいねや空リプだけで、控えめな応援をしていただろう。

 だが――あの時のおれはきっと気が大きくなっていて。自分の心に響いたままに、衝動的にリプを返していたのだ。

 リプをするボタンを押すのにも緊張し、待つ時間も震え。余計なことをしたかもとリプを消したい衝動に駆られ……すぐあとについたいいねの表示に届いたんだと感動した。

 それから寝て起きたら本人からのリプがあった。『読んでくれてありがとう』という文字列に目を疑った。

 ren_tankaさんがおれのためにくれた言葉に舞い上がった。うれしくてさらにリプを返せば、次の日にまたリプがきた。

 おれは調子に乗って、ちょっと突っ込んだことまで聞いてしまった。


『まさか、ずばり、恋、でしょうか……!!』

『それは内緒かな。……がんばってつくるのでみていてくれるとうれしいです』


 返信の翌日にわざわざまたリプを返してくれたren_tankaさん。

 彼はおれと同じ高校生。だがその短歌はみんなの支持を受けている。

 おれ以外にもren_tankaさんの短歌を好きなひとがいるわけで、そのひとが短歌のポストにリプをつけているのを見かけることがある。

 ただおれの知る限り、ren_tankaさんはほとんどリプに反応しないタイプのひとだった。おれにリプを返すのはほとんど奇跡に等しい。


――きっと、気まぐれなんだろうけど。


 それでいいのだと思う。ren_tankaさんに応援の気持ちを伝えることができ、画面越しでささやかな交流がもてたのだから、その気まぐれに感謝すべきなのだ。


――ren_tankaさんは、どんなひとなんだろうな。


 SNSの向こう側に、たしかに「ren_tanka」と名乗る人がいるのだと、やりとりをして強く感じたからか、おれは頭の中で何度も想像してしまうのだ。

 教室の端で本を読んでいるような知的な男子高校生……などと勝手に頭で思い描く。

 こんなおれの妄想を耳にした猪熊くんは、「そんな感じじゃないかもね」とあまりうれしくなさそうな顔をしていたけれども。


『ネットとリアルで同じイメージでやってるとは限らないよ? 言葉にも表と裏があるみたいに、水島にとって意外な顔があったりして……ね』

『まぁ、SNSは匿名の世界だしね……。でもいいんだ、素顔がどんなものでも、おれはren_tankaさんが好きだし』

『……そ』


 猪熊くんは何かを言いかけたように口を動かしたが。


『オレはそのren_tankaに妬いちゃいそうな気がするな……』


 頬杖をついた猪熊くんは視線を窓へ逸らしてそんなことを言っていたっけ。……わざわざ、自分がライバルみたいに言わなくていいのに。

 猪熊くんの言葉はいつもおれを不自然にどきどきさせてくれる。

 そんな猪熊くんは、国語の授業中の今も、その時と同じように窓の外を眺めながら耳だけで先生の話を聞いている。

 先生は短歌のことにはほとんど触れないで、当時の習俗について話を続けていた。昼下がりの教室に朗々とした声が響く。


「平安貴族の結婚形態は、通い婚でした。男性のほうが女性の家に夜続けて通い、三日目にお披露目をして、餅を食べるのが正式な手続きです。これが三日夜みかよもちと呼ばれる風習ですね」


 その時までほとんど動かなかった猪熊くんが、ふと先生へ顔を向けた。先生を注視している様子だった。

 先生が話を変えた途端に、また元の姿勢に戻ったけれども。


――何か気になることでもあったかな。


 ささやかな疑問は、あっという間に昼間の陽気に溶けてしまった。

 それよりも、気にすることはほかにあった。正確には、今日の夜からの一大イベントだ。


――なにせ今日から、猪熊くんがうちに泊まりにくるんだからな……!


 おれの人生、そわそわする出来事ばかりで困ってしまう。友だちが家に来るだけで楽しみすぎるのだから我ながらちょろかった。

 

 授業が終わる。放課後になってすぐに猪熊くんがおれの席までやってきた。肩に大きなバッグをかけている。きっと着替えなどが入っているのだろう。


「水島、お待たせ」

「猪熊くん、おつかれ。まだぜんぜん待ってないよ」


 おれは最後のペンケースを鞄に入れてからカバンを持った。


「……いや、今日が楽しみすぎて」


 猪熊くんが少し伸びた前髪をくしゃりと握りながら言う。


「あはは、期待に沿えるといいんだけど」

 

 おれが笑いながら言っていると、佐野くんが不思議そうに近寄ってきた。


「あれ、廉、その大荷物どうしたんだよ?」

「今日から水島の家に泊まる約束になってて」

「まじかよ」


 佐野くんは目を見開いて驚きをあらわにした。


「前はすっぱりおれの誘いを断ったくせに。水島ならいいのかよ〜」


 恨めしげな視線を向けられると、なんだかおれも居心地が悪い。とはいえ、佐野くんも本気で機嫌を損ねているわけでないのが口調でわかる。


「うん。水島はトクベツだから」


 さらっと言われた言葉にどきりとする。心の準備ができていないうちに不意打ちするのはやめてほしい。


「あっそ。ほんとおまえら、びっくりするぐらい仲良くなったよな〜。水島くん、廉をオトした感想をドウゾ」

「えぇ?」


 マイクの形にした手がおれの口元に近づけられると。おれの背後から別の手が伸びて、佐野くんの手を軽くはたき落とした。


「だーめ。おさわり禁止」

「触ってねえし」


 佐野くんはちっ、と舌打ちをして手を引っ込めるが、おれはそれどころじゃなかった。

 おれの背中がふいにあたたかくなったのだ。猪熊くんがおれを後ろからハグしてくる。


――えっ。


 頭にも首にも、背中にも、猪熊くんの気配がした。

 おれが頭の中でパニックになっている間に、佐野くんがおれたちを指差してくる。

 

「あっ、ベタベタだ。あの廉が水島にベタベタして、でれでれしてるぞ! みなのもの、であえであえ」


――『みなのもの、であえであえ』って。

 

「悪代官じゃないんだから」


 佐野くんのさっぱりしたイジりに笑えば、佐野くんは急におれに興味をもった目で見てきた。

 

「お、もしや水島はばあちゃんじいちゃんと一緒に水戸黄門をみてきた世代か!」

「もしかして……佐野くんも?」


 夕方の再放送で時代劇に親しんでいたおれは、おそるおそる聞き返す。すると、佐野くんはにかっと笑った。

 

「おう、戦隊ものと同格のヒーローだ! なんだ、水島とは気が合いそうだな」

「だね」


 おれも同意した。派手な印象の佐野くんだが、おれとの共通点がある。つまり、仲良くなれる余地があるということだ。

 

「……水島」


 すねた声が背後から聞こえた。ぐっ、と体重が背中に乗る。

 

「ぐえ」

「おい、潰れたカエルの断末魔だ。やめてやれよ」


 ちょっと冷静になった佐野くんがとめてくれた。おれは文字通り潰れかけていたので、佐野くんと猪熊くんの顔は見えなかったが、佐野くんが肩をすくめたのがわかった。


「はいはい、邪魔して悪かった。あとはおふたりごゆっくり」

「……行こ。またな、佐野」

「またあした!」


 猪熊くんに腕をとられつつ、佐野くんに挨拶だけして教室を出る。

 おれはいつもの登下校ルートで家に帰る。電車と、最寄駅からの徒歩。

 違うのは、最初から最後まで猪熊くんが横にいることだ。

 高校を出てすぐはどうでもいい話ができていたけれども、いつも猪熊くんと別れる駅のホームを、別れないで一緒に行くところから、だんだんと口数が少なくなっていく。

 ひさびさに友達を家にあげるから緊張してしまっているみたいだ。


――うん、きっとそうだな。


 猪熊くんも無口だ。無口なのがおれにもうつったのかもしれない。

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