最後のシャトル
体育館に響くシャトルの音は、いつもより遠く感じた。
「花、次ペア組もう。」
翔がいつものように笑顔で声をかけてきた。彼の手元には練習用のラケットが軽やかに揺れている。
「うん、分かった!」
花は必死に平静を装ったけど、心の中はぐるぐるしていた。翔の隣にいるのが好きで、部活の練習も試合もずっと一緒にいたいと思っていた。それなのに――。
最近、翔の視線が時々自分ではない誰かに向けられていることに気づいてしまった。3年生の玲奈先輩だ。バド部でも実力が抜きんでていて、同時に美人で優しい、まさに”みんなの憧れ”といった存在。
「花、集中してほら!」
翔の声に現実へと引き戻される。彼のラケットから軽く放たれたシャトルは、ふわりとこちらに向かってきていた。
「あ、うん!」
慌てて振ったラケットは空を切り、シャトルはコートに静かに落ちた。
「どうしたんだよ、今日は全然集中してないじゃん。」
翔の顔が近づく。心配そうに眉を寄せるその表情は、花が密かに恋い焦がれる姿そのものだった。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。」
それだけ言って、花はすぐに視線を逸らした。本当は分かっている。翔の視線の先にいる玲奈先輩が、きっと翔の「特別」なんだと。
数日後、放課後の体育館。
練習の合間に水を飲んでいた花は、たまたま見てしまった。翔が玲奈先輩に何かを渡しているところを。真っ白な紙に綺麗に綴られた文字と、そして――あの、憧れる笑顔。
胸がぎゅっと痛くなる。言葉では説明できないほどの感情が一気に押し寄せてきた。
「こんなところでどうしたの?」
突然の声に驚き、花は振り返った。翔がそこに立っていた。
「え、あ、なんでもない。」
慌てて嘘をつくが、視線を泳がせたままの花を見て、翔は少し困った顔をした。
「花、知ってるよな。俺、玲奈先輩が好きなんだ。」
その言葉はまるでシャトルが急にラケットをすり抜けていくように、花の心を貫いた。
「そっか……。うん、知ってた。」
花の声は震えていたけれど、どうにか笑顔を作った。でも、どうしてもこの涙は止められなかった。
「ごめんな、花。」
翔が申し訳なさそうに言ったけど、その謝罪が余計に花の胸を苦しめた。
「いいよ、気にしないで。私、応援するからね。」
それだけ言うと、花は体育館を飛び出した。
外の冷たい風が頬を刺す。涙が止まらないまま走り続け、花はようやく体育館の裏で足を止めた。
「バカだなぁ、わたし……。」
壁にもたれながら、ぽつりとつぶやく。
翔に伝えられなかった「好き」という気持ち。それでも、翔の笑顔が大好きだった。
この想いは、きっとシャトルと同じ。手を伸ばしても届かない遠い場所へと飛んでいく運命だったのかもしれない。
それでも、最後に翔とペアを組んだあの瞬間は、花にとって一生忘れられない「特別」な時間だった。
(終わり)