2日目-揺れる日-
朝起きると、天井がやけに遠く見えた。
いや、違う。空気が薄い。世界が静かすぎる。
ニュースでは、都市ごとのインフラが止まりはじめていることを淡々と伝えていた。
物流が途絶え、商業施設は次々に閉店。
でも、そういった情報に誰も動じない。
母は昨晩からずっと寝室にこもっている。
ノックしても返事はなかった。
アイツからのメッセージが届く。
『駅前のゲーセン、電源生きてた。来い』
俺は制服を脱ぎ、適当なTシャツに着替えて家を出た。
駅前は、昨日よりさらに閑散としていた。
無人の交番。閉じたスーパーの自動ドア。地面に叩き潰された人の体。ビルの外壁に「ありがとう、またいつか」の貼り紙。
ゲーセンの扉が開いていた。中は暗く、BGMだけが流れている。
「よっ、来たな。なんか全部タダっぽい。電源落としてないだけかもな」
先に来ていたアイツが、少し得意げに言った。
「誰も止めないなら、いいだろ」
俺はそう返して、隣に並んだ。
2人でUFOキャッチャーを眺める。掴んだぬいぐるみは途中で落ちた。
でも、アイツは笑っていた。
音ゲーを適当に叩いて、格ゲーで無限コンボをくらい、プリクラを撮った。
落書きアプリのペンは「バグって」いて、何も描けなかった。
そのあと行ったカラオケも、誰もいなかった。
受付に置かれた手書きの紙。「自由に使ってください。スタッフは家族と過ごします」
ドリンクバーも使い放題だった。
「これ、終末の贈り物ってやつじゃね?」
アイツがふざけたように言った。
「違う。人の温度ってやつだ」
俺は、窓の外を見ながら答えた。
誰もいない廊下に、笑い声と音痴な歌声が響いた。
ボウリング場では、隣のレーンで誰かが結婚指輪を投げていた。
ふざけているように見えて、泣いていた。
街は壊れていく。でも、壊れるっていうのは、全部なくなることじゃない。
「なあ、俺らって──何してんだろうな」
ゲームのスコア表を見つめながら、アイツが呟いた。
「今を生きてんだよ」
俺は、そう答えた。
俺たちは、今日のスコアを記録するふりをして、スマホの画面を真っ白にした。