EP07 Vast land & Sacred realm(広大な大地と神聖なる領域)
まずは彼女を元の場所へ…
(…よし…今なら平気っぽいな…。救急への連絡もして…)
焔は彼女を抱えたまま次元の扉から飛び降り、地面にそっと寝かせ救急へ連絡した。
「…救急です。いかがなされましたか?」
「…人が倒れています…場所は…」
「…、…、了解です…貴方のお名…」
「…ここまで言えば…デマかの確認も兼ねて来るよな…」
そう言の葉を残し焔は天之鳥船に飛び乗った。
例の空間をひた走り今度こそ目的の扉へ飛び込む。
すると…横浜ではお目にかかれない広大な景色…長い緩やかな坂が観える…。
「ここは…確か空港から続く…?」
「市街へ向かう道と出ております」
「だよな! じゃぁ…ホントに北海道の…36号線か! ははっ! コイツはスゴイな!」
|焔達はそのまま36号線…通称“サブロク”をひた走る。
「途中どこかで飲みモノが欲しいな~」
心地良い風を観じながら焔がそう言うとヒメがどこかを観ながら応える。
「このまま進みますと“羊ヶ丘展望台”と言う処がございます…」
「ちょうど良い。観光も兼ねて寄ってくか!」
「さぁんせ~い♪ たしかね…ジンギスカンも食べられるはずよ♪」
寛世は自分の理解の範疇に話が戻った安堵から少々浮かれ気味にそう言った。
「…美味しいソフトも…あるかな…♪」
つられて焔も北海道のソフトクリームへの期待を募らせた。
「それは…楽しみでございますね…さぁもうじき到着いたします…」
「なになに~レストハウスでジンギスカン、オーストリア館でカフェとデザートね♪」
確認した後展望台からの常日頃とはまるで違う広大な光景を眺めながら寛世がそう言った。
「よし、そうと決まったら…行ってみるか♪」
北海道の名物…郷土料理に近いモノの一つがジンギスカンである。道民は事あるごとに炭焼きコンロとジンギスカン鍋(使い捨てもあり安価である)を携行して楽しんでいるらしい。
生ラムをそのまま焼くのも好まれるが、ラムロール状態のスライスが道民ではメジャーである。
味付け肉も同様に人気でジンギスカンのたれ専門の会社があるくらいである。
生ラムやラムロールならまずは塩や塩コショウで味わうと良いだろう。
ジンギスカンの場合、通常の焼肉より低めの温度での調理が推奨される。
専用の円錐状の鍋の上方に肉を、下方の周囲に野菜を敷き詰めて調理するのが定番である。
この特性のタレに付け込んだラム肉は、きちんとした火加減で調理すると下手な牛肉よりも美味である。
(…そういやオヤジもそれには驚いていたって言ってたっけ…)
「さぁ頃合いかな…? どれどれ…! うぉっ! こ、こいつは…!」
「え~なになに~ひろせちゃんも~!」
はいはいとばかりに寛世の口に肉を運ぶ。
「な、なにコレ~おいひぃ~♡」
「こりゃごはんすすむなぁ♪ ヒメさんもどんどん食べてな!」
「…ありがとうございます…では少々…」
ヒメもそう言って一口肉を頬張った。
「こ、これは…! 何と言いましょうか…山の獣の様な臭みも無く、ほろ甘いタレが良く絡み…絶品でございます…♪」
驚きながらもその美味しさに思わず笑みをこぼしながらヒメはそう語った。
「…やっとヒメさんの笑顔をちゃんと観れた気がする…♪ ジンギスカン、すごいな♪」
「その様なご心配を…ありがとうございます…ワラワは…元々心の動きが少のうございまして…」
「…冷静だったもんな終始。おかげでアンなの観ても委縮せずに済んだ…こちらこそありがとう」
一同は心行くまで堪能し、食後のミルクソフトで再度驚愕と感動に見舞われたのは言うまでもない事である。
「…そういや“行”って…具体的にどんな事するのかな…?」
存分に衝撃と感動に酔いしれて正気に戻った所で焔が尋ねた。
「恐らくは氣力、霊力解放の儀…五段修法…その上での練武かと思われます…」
「あの状態での組み手? かーっ! そりゃスゴそ~だな…!」
「そしてこの世界で権能引き出すため不可欠な…“八卦”かと」
「八卦…あの…占いなんかで使うヤツ…?」
「…本来は…氣力も霊力ないモノがカムイへ近づく為の業。遥かな昔…伏犠様がお造りになられたと聞き及んでおります」
「…伏犠…って…本当にいたのか…! 神話上の存在かと思っていた!」
「全ての神話・伝承に遺されし存在は…実在された方が殆どです…。このモシリ…クニで言えば…アマテラス…スサノヲ様等…」
「そうなんだな! はは! そいつはすごい! と言うか、そう考えるのが自然だよな! で、やはり皆こ~ゆ~権能を以てカミ…カムイと呼ばれていた訳か…!」
「仰る通りでございます…。スサノヲ様なくば…全ての呪も…経も…真に解読には至らなかったと聞き及んでおります。それ故のアノ御名なのでございます…」
「…呪とか…経とか? いらなさそうだけどな其のレベルの存在なら」
同意するように頷きながらヒメは応える。
「恐らく…今の状態を予見されての事…そしてチカラ無き一般民への希望として遺されたのかと思います…」
「…チカラ無き…ウタラ…ウタラって人々の事だっけか? その他大勢の為にも…か。ジヒ深いお方だったんだろうね…スサノヲさんは」
焔は少しだけ皮肉っぽくそう言った。
「…己にも改変叶うチカラあれば動く民もいるのでは…との御言の葉でございました…」
「成程な…。それでも…“考える葦”となれないヤツは正直オレは放っておいていいと思う…! “考える事、自分で求め動く事をせずに何を以て生きていると言うか…”がオヤジの口癖でもあったが…オレもそう思うからな」
「…それを御身で体現されていらっしゃったのがムカツヒメ様でした…。あなた方の言の葉で…太陽神の…巫女…日霊女…もしくは…日巫女と伝わっているかと存じます」
「ヒミコなら知っている! あのヒトも実在だったのか!」
「左様でございます。ムカツヒメ様が得手とされていたのが…先程申し上げました伏犠様のお造りになられた八卦でございます」
「ヒトのまんまカムイの様なチカラを…か! 今のオレ等が出来たらかなり助かるよな…!」
「その為にも…彼の場所へ参りましょう!」
「ああ! じゃぁそろそろ行くとするか!」
焔のその言の葉に二人も頷いて彼の場所と呼ばれし処を目指し再度走り始めた。
「もう少し…西の…山側か…。ヒメさんここからコッチの環状通をしばらく走り山の方へ向かってくれ」
「承知致しました…」
一行を乗せた…一応トライクと分類されているそれは…三人を乗せ音も無く軽快に走っていく…。
「しっかしコイツ、天之鳥船? フシギだよな…ナニで動いているんだろう?」
「…聞きしトコロでは…天に輝く日之神威より降り注ぎし光をチカラに変えているそうです…。あとは他の神威之遺産同様乗り手のトゥム如何によって出来る事は変わるそうです…」
「乗り手の氣力! …! 今はヒメさんので動いている訳か!」
「左様でございます…。ワラワはさしたるトゥムを持ち得は致しませぬが…それでも現状のお二方の数倍~十倍程度には放っております…。もっともこの程度の速さでございましたら空より降り注ぎし光で賄いきれるかと思われます」
「…オレ等の知るソーラーシステムとはエネルギー変換効率がまるで違う気がするな…! この北海道の弱い日差しでこの速度は…今の地球の科学じゃ不可能だと思う…!」
三人を背に流れに乗って軽快に走る…それもソーラーで賄い切れている…バッテリーも無いと思しき構造で…と考えると焔の言う通りなのであろう。
太陽光に内在するエネルギーをそのまま動力に変換出来ているとしか思えない走りである。
我々の知るそれは…エネルギー変換効率はせいぜい15~20%程度であるので、まるでレベルの違う技術で開発されたモノであることは間違いない。
しかしそれならば…
「ヒメさんのいた…リクン=カント…は…オレ等とは違う文明の…ヒト? 達の世界なのかい?」
「…扱いし道具違えど…大元は同一でございます…ただし、文明の歩み…歩みし方向に相違はございますが…」
「何て言うか…ムダとユーガイさがまったく無い…そう観じるんだよな…♪」
「おっしゃる通りでございます…ワラワ達の世界は…かつて“主”が本来目指した“真なる智慧”による産物で占められております…。中にはこの“子”の如く“古の根源たる真なる神威”に造られしモノ…その次なる世代に造られしモノ…そして今のワラワ達造りしモノが混在しております…」
「このマシン…そんな昔からあるのか! 旧車も旧車だな…見た目は相当先を行ってるデザインだけどな♪」
何とも言えない生体的で曲線的で独特なデザインを目にして昔の血が疼くのか、少々熱のこもった口調で焔は応えた。
「…ヴィマーナ…そう呼びしクニも存在しておりました…」
「それは確か…インドの神話で聞いた様な…?」
「ら~ま~やな♪ に、出ていたよぉたしか♪」
寛世はどうだとばかりに得意げに応えてきた。
「そういやひろ、神話オタクだったもんな♪」
「そ~なのよね~♪ なぁんか…とってもキョーミが湧くの♪」
「寛世さまが興味持たれし事…ある意味当然かもしれませぬ…この星の生命の歴史紡ぎしモノのカケラでございます故…」
「そんなゴタイソーなお方と関係あるのかひろって?
「はい…。どうやらこれ以上は現状申しあげられませぬが…左様でございます」
「ふふふ♪ ひろせちゃんえら~いっぽいのね♪」
「全てを育みし原初の母神…そう呼んで差し支え無き存在の…でございます」
待てよ? それは造物主の位階ではと思いながら焔が問う。
「それは…“主”ではなくて…なのか?」
「は、はい…。…。…。…! どうやらここまでの様です…。この先は…。もしや…行積み上げし中、自然に在前し理解に至るやもしれませぬ…」
「それってもしかして~ひろせちゃんもシュギョーできちゃうってコト?」
「願わくば是が非にもそうしていただければと」
「タイヘンそ~だけど楽しそうな気もするね♪ うん、ひろせちゃんもガンバってみる~♪」
「オイオイ遊びじゃ…」
そこまで言いかけたが、もしも寛世の正体がヒメの言う通りであるならば、自分よりずっと適正高く凄くなれるんじゃないかと焔は重い口をつぐんだ。
「あそびじゃないよ! ホンキだよ~!」
「そうだよ…な、治療だって一緒にしてくれていたし…いっちょ修行も一緒にやってみるか!」
「お~! ひろせちゃん、やりま~す♪」
「…話している間に近くまで来た様です。この…“神宮”と呼ばれし社の…更に上の方の山間にある様です…」
ヒメは何やら天之鳥船より言の葉を受け取ってその様に説明してきた。
(…確か…オシャカさんが悟り開いた山の別名と…ボサツの上から二番目の位を冠している処だったよな…。ここで二番目って…。…! そうか、三大総本山がイチバンって言う事か…)
街道から曲がり坂を上った先の右手に目的地は観えてきた。
(…思えばイキナリ来てしまったけど…アポとってから来るべきだったか…?)
「うわ~♪ ひろせちゃんわかるよ~♪ ココ…すっごぉ~い♪」
「…だな! 信じられない位…そう言うイミではきれいな処だ!」
一行は駐車場と思しき所に天之鳥船を停めて降りた。
(…確かコッチの石像にアイサツして…)
掌を合わせ一礼すると何やら不思議な感覚に見舞われた。
(“良くぞ参られた…”確かに…そう聞こえた気が…?)
「…魂入れしてあるモノには須らく神仏が宿っております。心交わせば言の葉も返ってくるでしょう…良く参られました。話はお父さんより伺っております…」
柔和で理知的な佇まいの僧が話しかけてきた。
「…こんにちは…あなたは…あ、確か…!」
「…随分と久方ぶりですね…そうです、ここの住職です」
「お上人さん…本当にご無沙汰で…しかも困った刻にだけ足を運ばせてもらうカンジですみません」
「これも縁です。皆さんご無事で来られたのもまた縁による守護に導かれし事でございます…」
「はじめまして! ひろせちゃんです♪」
「…今はここのご住職殿…ワラワは…ヒメと申します…」
「オャ…父から話を聞いていたのですね? それでは早速ですが…よろしくお願いします…!」
(…ねぇほむら、このおしょーにんさん…すっごいキレ~♪ なぁ~んにも憑いていないね♪)
(そりゃトーゼンだろ! これはリクツじゃないよな…観た…観じたままが答え…ホンモノ中のホンモノだ…! オヤジがここで修行したってのも納得だぜ!)
「…差し支えなければ…本堂横の部屋を使われて下さい」
「ありがとうございます!」
「まずはお祖師様…ご本尊へご挨拶をされて下さい」
見た目は大きめの家のような造りであり、とても由緒正しき処とは一見した限り解り難いが、玄関をまたいだ瞬間…一行は確信した。
「…な! 敷居をくぐった瞬間…色んなモノがバッサリ落ちたぞ! まるでエアーカーテンくぐったみたいに!」
「相当に強き結界が貼られているのを観じます故…悪しきヲモヒ持ちし霊や魔では足を踏み入れる事すら叶いませぬ事でしょう」
「こりゃ…一昔前ならココから出たくなくなっていたぜ!」
「こぉんなトコがあるんだね♪ ステキ♡」
「…お社は元々清浄な処を、“神降りて宿りし処”として奉じ祀られたモノです…故にそのままでも足を運ぶモノの心自ずと浄化されます。対し寺院は…釈尊はじめ先師達の説かれし作法に則り、儀式を重ね神仏の加護を経力によって授かり、日々の勤行により常に祓い浄め磨き上げし結界です…それ故に身も心もすべて清められる処なのです」
(…と言う事は…ここみたいにキチンと段取り組んで経や祝詞をあげチカラ籠めている処は…神社でもお寺でも結界の強さがずっと保たれる…ってワケか!)
「焔さんその通りです…」
焔は己の心中に応えてきた事に仰天して住職を見やった。
「…私ではありません…教えて頂けるのです…」
「…我が業は我が為すに非ず…ってヤツ…ですね…!」
住職は優しく微笑んで頷いた。
「それでは明朝よりまさにそれを授からんと欲して精進いたしましょう。本日はゆっくりとされて下さい」
三人は荷物を置かせてもらった後、近くの温泉へ赴く事にした。
途中観光しながらも無事に目的地へ到着。
用語説明
・市街(ポロ=コタン):大きな+村 より。
・天に輝く日之神威(トカㇷ゚チュㇷ゚=カムイ):明るい間、昼+月、太陽+神 より。
・古の根源たる真なる神威(エカンナイ=ストゥ=シ=パセ=カムイ)
→ほぼそのままです。 昔+根元の方+偉大な+真実の+神 より。
・自然に在前:仏教用語。自ずとこの身に備わり存在する事。意識せずともいつの間にか(お経の功徳により)身に着けている事。