EP05 Departure & Encounter(旅立ちと遭遇)
荷造りして北海道へ…
少し刻が過ぎた頃、有休の算段がつき二人で北海道へ行く事にした。今はその為の荷造りの最中である。
「…よし、着替えはこれでいい。あとは…コイツはしばらくルス番か…。ひろ、チケットok?」
「はぁい♪ これを空港でぴっ♪ としたら大丈夫よ♪」
Quick Response Codeを見せながら寛世はそう言った。
「じゃ~行くか!」
「はぁい♪」
これが寛世との他愛もない日常の最後になるとは焔は夢にも思ってはいなかった…。
外に出ると…何故かいつも以上に世界が淀んで観えた。
(…? お盆や正月じゃないのにナンだこのカンジ…?)
焔の言によると先の時期は…“地獄の釜の蓋も開く”らしく、いつも以上に“重いモノ”が蠢いていると言う。
(なんにせよ…これは早めに空港へ向かった方が良さそうだな…)
「あ、こんにちは~♪ この間の女性ですよね~? ど~しましたぁ?」
焔の懸念を他所に相変わらずの間延びした声で寛世が応対しているのは…
(この間の…女性…? …。…。…! イ、イヤ! 違う! コイツはさらにナニカが入り込んで…!)
「ひろ! ソイツ何かヘンだ! 離れろ!」
「ふぇ? そ、そ~なの? あ、やんっ! きゃぁ!」
焔の言に疑問を抱きながらも従おうとした刻、突然その場に出現したかの如く左右両方から何者かに捕らえられた。
「う、うごけなぁ~い! ほむら~!」
「おい! はなっ…くっ!」
慌てて駆け寄ろうとした瞬間焔も両側より動きを封じられてしまう。
「…やるなら…本気出すぞ…すぐ離せ!」
焔の怒声にも全員微動だにしない。
「わかった…少し痛いがガマンしろ…っらあ!」
治療術の応用で沈墜させた重心のチカラを地面の反作用と各関節の回旋運動により増幅させながら方向転換し伝達していく。
「っはぁっ!」
上肢まで到達したそのチカラを以て肩関節を最大屈曲させ二人を吊り上げ、再度沈墜させた重心力を爆発的に放つ!
焔を取り押さえていた二人は激しく道路脇の壁まで吹き飛ばされてしまった!
「…医武同源だからな…ある程度はこっちもイケるぜ!」
悠然と寛世に近づき歩み寄る焔に対し、先ほどまでと違い恐怖で狼狽えながらも必死に寛世を拘束し続ける。
あまりの怯えようとそれでもなお言いつけに従う忠犬の如き二人に対し、今のうちにやめれば良いのに…已む無しかとヲモヒ廻らせながら焔は語尾を強めて言う。
「…ならオマエ達も痛い目見やがれ! ふぅ…はぁっ!」
拘束している二人に正面から掌底で触れた瞬間その場で軽く跳躍し、先程以上の沈墜勁を発力させて徹す!
「させないわ!」
その瞬間あの女性が二人の背後より焔同様手を翳す。
(勁を放って相殺か? イ、イヤ、これはちがっ…!)
昏く淀んだナニカが放たれ焔の上肢を伝い入り込んでくる!
「ぐ、ぐはぁっ!」
焔の両上肢は弾け飛び身体ごと吹き飛ばされてしまった。
「オマエらもいつまで寝てる…起キロ!」
先ほど観じた違和感が確信に変わった。間違いない、このしわがれた不協和音を伴う低く唸るような声は彼女のモノではない!
「オマエ、誰だ? 彼女達を使って何でこんな事を?」
「下僕ヲ好キニ使ッテナニガ悪イノダ? ナンデダト…? ワレラニ服従セヌモノハ排除スル、ソレダケダ」
「…入信を丁重にお断りしたからか? そんなだから“アアイウシュウキョウは…”って言われちまうんだろうが!」
「我々ノサシノベシ手ヲ取ラヌ不敬ナ輩ハ必要ナイ…!」
「そもそも間違ってるのか正しいのか考えて行動しないのか? どこ等辺に善悪の基本設定しているかわからないが、意にそぐわないなら即排除! じゃ往年の戦争の刻のどっかの国家みたいじゃん! 良くソンなんでコイツ等付いて行くよなぁ」
其処まで言うと先程の女性? は戦慄きながら激昂した。
「ふざけた事言わないで下さい! ワタシタチは満足しているのです! こうしてミもココロもきちんとした姿にして頂き、幸せは増せど何にも困ってなんかいません!」
「…操り人形でもか?」
「それが御心ならば…!」
自信ありげで誇らしげな表情と伺える。あんまり定番過ぎて少々哀れみが込み上げてくるがそれも本人の望みならばこちらで何を言う必要も義理も義務もない。
「そうか…わかった! それならそれで構わない。オレもアンタらの事を否定もしない。だからソチラはソチラさんだけで好きにやってくれ。ウチのひろは…返してもらえないかな?」
「コヤツハ返ス訳ニユカヌ! 我ラノ求ム救世ノ御子トナリウル器故…。我ラト共ニ来レバ多クノモノヲ幸福ヘト導ケルデアロウ…」
耳障りな声は焔に対しその様に語り掛けてきた。
何を世迷い事を言っているのかと返しを入れたくなるのを少々堪えながら焔はまず疑問を投げかけた。
「救世の…御子だって? いわゆる“メシア”ってヤツか? ひろが…ね…。しかし…オマエさん方と行動を共にした所で言うホド人々を救える気は全然しないけどな」
「…みんなの…役に…立てるの…?」
「オイ! ひろ!」
「アア…。コノ世ニ生クル苦シミカカエシモノ達ヲ照ラス希望ノ光トナルデアロウ…」
「…希望の…光…」
(…なんだ? ひろの様子がヘンだぞ? 言葉にナニカのチカラ籠めているのか…?)
寛世はしばらく沈黙して考えこんでいる。
「おいおいひろ! 考え込むような話じゃないだろ?」
「…うん…。でもね、もぉしもホントにみんなのキボ~になれるなら…嬉しいなぁって思ったの…」
「いやいや…彼女達の扱い観ろって? 信者をあやつる様なヤカラだぞ?」
「う~ん…でもさ、望んでそ~されてるんでしょ? それなら悪くはないかなぁって…」
(なんなんだ…? いつの間に? まったくナニカされた気配なんてなかったと思うが…?)
ゆっくりと、しかし一言ごとに確実に彼女に歩み寄っていく寛世に対しもの凄い違和感を観じながらもこちらに引き戻すことも出来ずに焔は歯噛みしていた。
(…くっそ…、どーすりゃ…!)
(…霊力の眼開かれしモノには瞭然たる行為として観えます…!)
突如頭の中に誰かの声? が響いてきた。
(な、なんだ? テレパシーってヤツか? アンタは一体…?)
(お待ち下さい…今そちらの世界へ具現化致します…)
(そちらの…? 具現化? じゃぁ…今って霊力によるカラダ…ってことか?)
(さすがは鋭いですね。左様でございます。そして今そちらに顕れる為の権能…“現一切色身三昧”を発動いたします!)
(現一切…? まて、その呪文…どっかで聞いた様な…?)
(遥か幼少の頃でしょう。では、参ります! 現一切色身三昧!)
そこまで聞こえたかと思うと眼前に音も無くナニカが浮かび上がってくる。
それは…気品ある理知的な面差しを携え中性的な姿をした少女であった。
「…希望のカケラと知りし上の振舞いですね…! 渡す訳には参りませぬ…解呪!」
少女は寛世の頭に手を置いてそう唱えた。
「…ん~? あ、あれれれ~? なんでひろせちゃんこのヒト達と一緒に行こ~としてたの?」
「…正気に戻られた所で伺います。彼女達と共に行かれますか?」
少女は淡々と寛世に問いかけた。
「え~と~。やっぱりひろせちゃんほむらと北海道いってくるね♪ またね~」
言いながら苦も無く拘束からすり抜けて焔の元に駆け寄ってきた。
「ヌゥウ…折角見ツケシカケラ、渡スモノカァ…!」
どす黒いナニカが彼女の背後より顕れて入り込んでいく…。
「あぁっ! あ゛ぁ~」
その陰鬱な感覚を白目を剥き口元から泡を吹きながら半ば強制的に受け入れていく。
「…いけません! 強制憑依による具現化をするつもりです! 顕現! 神威之遺産・天之鳥船!」
少女がそう叫ぶと先の様に空中より何やら見た事もないバイク…の様なモノが顕れた。
「二人共乗られて下さい!」
先頭に飛び乗った少女がそう言いながら手を差し伸べている。
「あ、あぁ! ひろも!」
「あ、はぁ~い!」
少女の小さく柔らかな手をつかみ中央に跨ると寛世を片手で抱え上げて最後尾に乗せた。
「これって…もしかしてコレもトライクなのか? 申し訳無さげにタイヤが三つあるけど…?」
「念の為こちらの法律に適合させてあります。ですが根本的にあなた方の世界の乗り物とは構造りが異なります」
「…だろうな…! 登録的には…デンキとしているっぽいけど全く違うエネルギーで動いてるっぽいもんな」
その流線的な形態と聞いた事も無い動力源の奏でる響きに対し興味深そうに眺めながら焔は応えた。
「刻が…ありません! 跳びます! しっかり摑まられて下さいませ!」
少女はそう伝えると何やらこの天之鳥船と呼ばれしモノの出力を急激に高めていく…。
「神威之力! 次元渡航!」
その言の葉と共に急激に視界が揺らめき、その歪みの中に飛び込んでいく!
(う、うぉおお~! あの…名作の未来のロボットの刻を超えるマシンのイメージって…あながち間違っていないなコレは! オートパイロットシステムないと無理だろこの中での運転!)
焔はそう思いながら眼前に浮かんでは消え流れていく色とりどりで様々な地域…国への出入り口と思しきモノが至る所に見受けられるうねりながら波打つ空間内を進んでいく。
「…目標地…北海道!」
子供の頃に一度だけ見た風景が広がる扉へと向かって行く…。
「イカセルモノカァ! ガアァ!」
「ア、アイツ! 追って来られるのか!?」
「かなり危険な賭けです! ワラワ達と邂逅叶わぬと次元の狭間を未来永劫彷徨う事になるのを承知で追って来たのでしょう!」
少々語尾が強まりながらも至って冷静な少女に驚きながらも確信を以て焔は応えた。
「決まりだな! 信者にそんなキケンな事させていて絶対イイモノなハズないぜ!」
「カァ~ケェ~ラァ~!」
「…狙いはひろか!」
すかさず自分の前に乗せかえる。
「コドモのよ~な扱いだね♪」
「ああ…取り回しやすくて助かる…!」
そこまで言うと後方に向き直り構える。
「このノリモノって…武器とかあったり…するか?」
「…いえ…残念ながらございませぬ。その様なモノは一旦すべて遥か古代のアノ刻に世界より消失させられております故…この一振りの小剣のみ所持しております…」
「…ないよりマシか…! 悪いけど追い払わせてもらうぜ!」
焔はそう言うと後部座席のステップを足場に立ち上がる。
「あと少しで扉へ侵入可能です…! それまでお願い申し上げます!」
「ああ! やってやるぜ!」
「フハハッバカメェ~スデニココハ現世カラ離レテイル! 故ニ本来ノチカラ…出セツツアル…ガアァ!」
現存の神話で言うと悪魔石像あたりが一番近いだろうか。蝙蝠様の翼を携えカギ爪を持ち耳まで裂けた牙の並ぶ口を大きく開けソレは襲い掛かってきた!
(速い!)
渡された小剣を用い襲い掛かる爪を受け止め左前腕回外と同時に肘関節伸展、肩関節水平外転させていなす。
(見た目はともかく元はあの女のヒトだろ? なら…!)
いなす刻に自然に発生した体幹の回転を流用し加速していく…。
(…ここで沈墜! そこから螺旋に…!)
「ふぅっはぁっ!」
焔は全力で重心力を加速増幅して打ち込んだ!
「グボォォォ! コ、コノ゛ォォ!」
上体が弾け飛ぶもすぐさま立て直し機体最後尾にしがみついてきた!
大きくバランスが崩れあらぬ扉へ誘われていく…!
「うわっ! こ、これは別のトコロへの扉か!」
「已むを得ません…! 一旦この先まで跳びます…!」
急遽別の処へ…!




