EP02 Therapy&Exorcism(治療と除霊)
焔たちの出勤したところは…
先のバギー型トライクで10分もしないで着く所に彼らの職場となる病院がある。
梅林で有名な山と同じ名称の記念病院のとある特殊な科に彼らは勤務していた。
表向きはカウンセラーを兼ねる柔道整復師として、心身ともに回復を図るリハビリスタッフとして勤務しているが、焔のしている事への理解と信頼を示した院長により、その中でも特に現在の医学では対応しにくい症状の患者を専門的に診ていた。通常のリハビリ室の名称は…「第一機能訓練及び治療室」である。彼らの所属は…「第二“種”リハビリ室」通称“ダイニ”である。
様々な理由で通常のリハビリで機能回復が困難な方が“ダイニ”へまわされていた。
その殆どは…施術技術と時間不足で改善が見られない方で、よくある総合病院のリハビリや街の整形でも見られる方々である。
(…ホント…フツーのリハのヒトって…治す気…ないよなコレ…)
焔は半ば呆れながら今回の患者を診る。
主訴としては…平地は辛うじて歩行可能だが、坂、階段では足が出ず昇降共に困難であり、一度座るとその後動作開始時に腰部に激痛が走るとの事である。
(…ふむ、で腰部の筋は…最長筋、腸肋筋、腰方形筋共炎症無し…とくれば…腹部奥に存在する腸腰筋のロックによるモノって…即答できる状態じゃないですかねコレ…)
一つ溜息をついて軽く首を横に振り、その呆れたヲモヒを払拭して患者に確認する。
「…寝起きが一番辛く、活動している内に痛みは少しずつ軽くなっていますか?」
「おお、そのとーりじゃ…朝がキツくて敵わん…そして動けるようになっても段差はさっぱりじゃ…」
「…状態は解りました…。結論から言いますと…治ります♪」
「ふぇ…?今まで何か月もここのリハビリに一所懸命通ってもダメだったんじゃが…治るんかね?」
「はい、もちろんです。ただ、最初はマヒしているから平気ですが、最後にあおむけで治療する際はけっこうヒビキますので…気をつけて治療しますがそこは一つ頑張ってくださいね♪」
「おお…!それで足が動くなら頑張るぞ!まずはどーしたらいいんじゃ?」
「はい…では下を向いてラクにしてチカラを抜いて下さい♪」
「うん?ラクにする…? ガンバらんの?」
「…頑張って力抜いてご自身で何もされない様にしてください♪」
「そ、そーなのか…わ、わかった…! ふへ~…じゃぁよろしくたのむぞい!」
「はい…!」
焔は何やら手技療法をはじめだした。
所謂指圧の様にも見えるそれを暫く施し一言声をかける。
「…ここは通常響く箇所ですが、ここは頑張ってラクにしていて下さい」
「おお!」
その声を確認して伏臥位の患者の骨盤…正確には腸骨稜から見て頭部側の腹部のやや側面を押圧した。
「…これ…大丈夫ですか…?」
「おおーなんともないわい♪」
(…こりゃ完全にロックしてマヒしているか…もう少しゆるめてから…よし…)
今度は滑らないように衣服をめくり手ぬぐいを当てる。
繊細な動作で場所を探り、患者の腰部と思しき場所…正確には脊椎を支える起立筋の内の最長筋と、いわゆる“背骨”と認識されている腰椎棘突起の間に存在する棘筋~多裂筋に…焔自身のひじの先端部のみをあて、筋を把持し圧をかけたまま前後にゆるめ始めた。
傍から見るにつけ焔の肩…三角筋や力こぶ…上腕二頭筋、肘関節を直角に保つ腕橈骨筋にはまったく収縮が見られず弛緩したままである。
身体操作を極めたモノが治療として圧をかける場合、勿論指や腕の筋力である訳無く、完全脱力により自身の重心の力を最大効率で目的の部位…この場合は自身の肘である…より浸透させるのである。
真の指圧の技法で施術の基本で奥義の一つであり、中国武術の“浸透勁”と呼ばれる力の発生法と同一である。
浸透させるが故に理論上患者には圧迫感など感じることなく、会話しながら背部を押圧してもらえ、腰や肩の筋に真横から圧をかけられても、身体を押されたりずらされる感覚など一切ないモノである。
(…まぁ…オレはまだまだ…オヤジの様に極みには至ってないけどな…)
技を伝授してくれた父が一瞬過った。
「五大修めしモノは全てを治すに至る。それがこの…“浸透深層整体術”であるが…焔…“心”“医”しか修めておらぬそなたは…決して“医”で治し得る症状を超えて施術する事無き様に…努々忘るるでないぞ…!」
(…年齢以上に古風な物言いをするよな…オヤジ…)
今度は滑らかな動作で患者の下肢に動きをつけていく。
仰臥位になってもらい、片側の下肢を自身の膝に載せて言う。
「これは少しヒビキますが呼吸はフツーに、深呼吸などせずに身体はチカラを抜いてラクにしていてください」
焔は所謂腹筋…腹直筋とその横にある腹斜筋の隙間から指先をそろえ手刀を侵入させていく…。
「ぐはぁっ! な、なんだ無茶苦茶ひびくぞ…!?」
「…良かったですね…正常ならここは治療中人体で一番ひびく所です…ではゆるめていきますのでそのままラクに…良し…」
同様に反対側にも施して、上肢、首を軽くけん引した後、側臥位から患者自身の膝下をベッドから落とす勢いで回転する様に腰かけてもらう。
「…このまんま…足…上げれます…? 片方ずつ」
「ん? そんなこと出来てりゃ階段だって昇れ…! あっ…上がる…! 右も…左も…! こりゃ一体どーゆーことじゃ?」
「ではゆっくりと立ち上がって軽くももを上げる様に意識して足踏みしてみてください」
「…なんとしたことじゃ…で…出来るぞい!こりゃスゴイ! マホーかこれは?」
焔は微笑みながら軽く首を横に振って応える。
「いえいえ、ただの医学ですよ♪ 足を引き上げるメカニズム、その命令を伝達する神経の通り道、動きを実行する筋の状態を改善しただけですよ」
「こんなコト今までだぁーれもしてくれなんだわ! 信じられんがアンタ本当に凄いのう!」
「…オレなんてまだまだオヤジに比べたら…」
「なんと! お父上はそれじゃカミさまじゃのう! はっはっはっ」
「…脳と身体が正しいバランスを覚えるまでは定期的に来てください、お大事に…!」
何度も頭を下げて礼を示した後…杖を使うどころか軽く振り回しながら鼻歌混じりで軽快に歩いて老人は去っていった。
「…次の方どうぞ…」
入ってきたのは…四十代位の女性。傍目には普通に見える。
動きも辛そうではあるが可動域の異常は見受けられない…が…先程とは打って変わり焔の表情が険しくなり、それを見ていた寛世も同様に緊張した面持ちとなっていた。
「…ほむら…! この女性…!」
「…あぁ…今度はヒロも手伝ってくれ…!」
「…うん…!」
(みんなにゃ…これがフツーのヒトに観えるワケか…羨ましい様な…羨ましくない様な…)
そう言いながら机上の眼鏡を手に取りかける。
眼鏡の側面、弦についているボタンスイッチを押すと…Bluetoothでモニタとリンクして焔が観ている映像が表示されるシステムである。
そこに映し出されたのは…身体からもう一人…ヒト?を生やしている姿であった…!
(…つくづくイヤになる…何でこれオレに観えちまうんだ…? 観えちまったら…どーにかしなきゃってヲモヒ…抱くもんじゃんフツー…!)
「…今…どんなカンジですか…?」
焔はセオリー通りに極力内容を限定しない様に尋ねる。
問診の基本である。
「…右肩と…右のワキ腹…そして左のおしり~足がなんかいっつも辛くって…」
「…なるほどですね…何か思い当たる節は…?」
「これと言って…普段事務しているから肩辛いのかな? 位で」
「…わかりました。ではあちらのベッドへ…」
焔は先程と変わらぬ手技療法をはじめだした。
いや…始めた様に観せたと言うべきであろうか。
…背中を丁寧に軽擦し、身体のバランスを確認したかの様に観えた刻、寛世の方を見やり目配せした。
直後に寛世が駆け寄ってきて焔の背に手を当てる。
すると先程とは違い…焔の両掌がうすぼんやりと輝きはじめ、その手を以てナニカを掴み、横に放り投げる様な動作をした。
するとモニタにはベッド横の椅子に女性と重なっていた…ヒト…?が座らされている…!
そのヒト?に手を触れる様にして焔は心の中で話し始めた。
(…聴こえますか…? アナタは…もう…今世での修業は終えています…! どうか速やかにあるべき処へお還り下さい)
焔は何度かその様に優しく語りかけた。
するとそのヒト?は軽く頷き、ゆっくりと宙に浮き…勢いよく上昇すると同時にすぅっと消えてしまった。モニタには先ほどの女性のみ横たわっている…。
(…心の中の原因をクリアしない限り…また…憑かれるだろうけどなぁ…)
仰臥位まで施術を行い、今度は当の女性に普通に語り掛ける。
「…今お身体の具合はいかがでしょうか…?」
「…! え? あ、か、軽いです! それこそ乗っかっていた石が取れたかの様に…! ありがとうございます!」
(…ま~ヒト? 一人乗っかっていたからなぁ…)
「…色々とあんまり頑張りすぎないで下さいね。気疲れしたりストレスを感じたり…倦怠感が出たらまた早めに来院して下さい。…特に…職場の人間関係とか…」
それを聞いて女性はギョッとして焔を見た。
「この…首の筋緊張のカンジは…気疲れによるモノですが…接客ではなく事務職でしたら…職場での事としか考えられませんからね♪」
焔がそう言うと成程と安堵と共に納得して一礼して去っていった。
「…あのヒト? が言ってたもんね♪」
「…ああ…。周りの同僚たちからの念と…それによって生じた自身の念が…呼び込む受け皿を作っちゃったんだろうな…。でも…そこはオレ等にはアドバイスしかしてあげられ…」
話の途中で焔はよろめいて机に手をついた。
「ほむら! 大丈夫?」
「…ああ…。思ったより…“重い”霊だった様だな…けっこうチカラ持っていかれた…。今日はここまでだな…。予約は?」
「うん。今日はもう予約の方はいないよ~。」
「そか。じゃぁ…早くてムコーには悪いが…帰るか…!」
「うん♪ ねぇ…へーきだったらさ、カジュアルでランチしてこっ♪」
「お! そいつは良いね♪ これの後にはフツーの治療に輪をかけてハラが減るからな…!」
「けって~い♪ じゃぁいこっ!はやく着替えましょ♪」
そう言うと寛世はその場で制服を脱ぎはじめた。
「わ! バ、バカ!更衣室でやれ!」
「え~だぁってメンドーだもん! そ、れ、に…ほむらもイヤじゃないでしょ? ふふふ♡」
寛世のそのセリフに髪を掻きむしりながら照れくさそうに…でも素直に焔は応える。
「…確かにイヤじゃない。イマんとこ…この世界でオマエしかフツーの姿の女子いないしな…! まぁもうちょっとここいらが立派ならなお良いけどな♪」
「むぅ~そぉんなコト言って…好きなクセに♪ ほらぁ♡」
そう言いながら汗をぬぐうのも兼ねて下着を外して焔に魅せる。
小柄でいながら骨格バランスは良い。肉付きも痩せすぎず少女がそのスタイルのまま成熟した様な佇まいである。限りなくなだらかながら微かに膨隆を携えるそれは、先端部の成熟がなければ年齢詐称可能な状態であった。
「キレーでしょ♪ いろいろと気を使ってるのよ♪」
寛世は隠すことなく魅せながら汗を拭う。
「わかった、降参。ハイ、ステキです、キレーです、そしてオレはそれがお気に入りです。だからそろそろ隠してくれ。じゃないと…ランチが…別のモノに変わっちまう」
「は~い♪ うふふ♪ その言葉を聴けたら満足♪ はい、じゃぁいこっ♪」
心身を消耗させながらも人の為に尽くしているようですね焔達は…
用語説明
・浸透勁:反作用を起こさせずに重心を加速し内部へ浸透させるチカラを発生させ、相手に伝える技術。
指圧はこれが出来て初めて一人前だと思いますm(__)m
チカラを透徹させるので…術者の手や指にも殆ど手応えありません。
と、言いますか、各関節や姿勢保持筋以外の「力の入れる感覚のある所」を使う程に…
重心の圧は減衰しますので(^-^;
コレを速く強く激しく各関節で極限加速させて行うと…打撃になります。
僕の治療の身体操作の場合、武術の師匠に言わせますと…近いのは太極拳の発勁法(チカラの出し方=身体操作の行い方=発力)だそうです。
…確かにゼロ距離で行い、踏み込んだり助走しませんものね(^-^;