28)
「あたりまえだ。現状、おまえは緊急で匿われた身なのだからな。明日以降、身辺のはっきりした人間におまえを紹介する。それまでは離れずに俺の側にいろ」
安全のために懐に寄せておきたいということらしい。彼が側にいたくて言っているのではないことがわかると少し寂しく思うなんてどうかしている。
「でも、そんなにくっついていたら……」
「今度は、ドキドキして眠れないとでも言い出すのか、おまえは」
さすがに呆れられてしまっただろうか。あまりにも彼の厚意に甘えすぎだろうか。
「ごめんなさい」
「謝る必要なんてない。その代わりにちゃんと知っておけ。おまえだけだと思ったら間違いだ」
ジェイドはそう言い、リディをぎゅっと抱きしめる。胸のあたりが密着するように強く。
「あ……」
ジェイドの胸から規則正しいとはいいがたい早い鼓動が伝わってくる。抱きしめる腕が少し強まって、熱い体温に包まれていると、ドキドキするのに安心するような不思議な感情がわきあがってくる。
「これでも離れたいか?」
やさしく諭すような声に、とろんと瞼が落ちていく。
「……いいえ。こうしていたいわ」
リディはそう言い、目を瞑ったまま甘えるようにジェイドに身を摺り寄せた。
「……ったく。俺の理性が鋼のように保たれているのがどうしてなのか、おまえにもっと理解してもらいたいものだな」
その答えを今知ってしまったら危険な気がする。こんなにもドキドキしているのに。彼を煽ったら今度こそ獣になってしまう気がした。
「心配するな。おまえの父親のこともちゃんと考えている。少し時間をくれ。悪いようにはしないつもりだ」
ジェイドはそう言い、リディを抱きしめる。
どうやらリディが案じていたことを彼はわかっていてくれたようだ。
「……!」
ジェイドがリディを大事にしてくれている。強引に連れてきただけではなく、安心できるように側にいてくれている。リディが望んでいることを汲み取ってくれる。
そんな彼の想いに応えるには身も心も許すことが一番なのかもしれない。けれど今できる精一杯で応えるとするならば、リディの方から彼にぎゅっと抱き着くことだけだった。
ジェイドが微かに吐息をこぼす。笑い声のような呆れ声のような。リディが目を瞑るとやさしく髪を梳いてくれた。その指先にやさしさを感じとることができる。
「とっくに借りは返してもらったし……今度は私からあなたへのお礼が、増えていっちゃうわね」
「俺がほしいものはとっくに手に入った。この先はおまえがずっと側にいればそれでいい。他に多くは望まない」
(どうしてあなたはそこまで想ってくれるの?)
喉の奥に詰まった問いをそのまま流し込む。
初めて出逢ったときから気に入ったと彼は言ってくれたけれど、それでもまだ【時間】を共に過ごしたのは少しの間で、まだはじまったばかりの恋でしかない。
二人の間には【歴史】が少ない。
(それなのに、どうして欲してくれるの?)
やっぱりリディには不思議に思ってしまうのだ。
疲労感に誘われるうちに、やがて互いの胸の鼓動が少しずつ落ち着きはじめ、心地のよい音色へと変わっていく。
問いの答えは結局、聞けないままだった。
翌日、侍女に着替えや身の回りの世話をしてもらってから、あらためてジェイドがリディの護衛を担当する騎士を紹介してくれた。
「リディ様。初めまして。僕はレオ・アンドラと申します。ジェイド様より本日からあなたの護衛を仰せつかりました。以降、お見知りおきください」
まるで太陽の光が側で燦燦と輝きを放つよう。そんな元気いっぱいの騎士に、リディは自然と表情を綻ばせた。
「レオ様、初めまして。護衛係、よろしくお願いします」
「あ、僕の方に『様』はつけなくていいですよ。たぶん、同じ年頃かと思うので、気軽にレオと呼んでください」
「じゃあ、レオ、よろしくね」
「はい!」
「挨拶が済んだなら少し任せてもいいか? 元帥閣下と話をしてきたいんだ」
ジェイドがレオに確認すると、レオは勢いよく胸のあたりに手を添えた。
「かしこまりました。リディ様のことは僕にお任せください」
頼もしい返事が響いたところで、ジェイドはリディに向き直る。それから頭をくしゃりと撫でてきた。
「では、俺が戻るまでいい子にしていろ。リディ」
「そういう子ども扱いは……!」
ふっと笑うジェイドにリディは毒気が抜けてしまう。彼は文句をとりあわずに踵を返してしまう。頼もしい背中はあっという間に遠ざかっていった。
「もう……」
レオが見ている前で恥ずかしいといったらない。
ちらりとレオの方を気にすると、なぜか彼は「わあ」と声を上げて感激したように瞳を輝かせていた。
「レオ?」
不思議に思って声をかけると、彼はハッとしたように姿勢を正した。それから感じ入ったように頷く。
「失礼しました。いや、ジェイド様は……リディ様のお側にいるときはあんなふうに笑われるのですね」
「え? ジェイドは普段は笑わないの?」
リディはレオに尋ねつつ、ジェイドと出会ってから今までのことを思い返してみた。
「そうですね。笑うというと語弊があるかもしれません。微笑む……というか、とても大切そうにあなたを見つめていましたから」
その言葉を聞いて、リディの内側にこみ上げてくる熱があった。きっと頬は赤くなってしまっているかもしれない。




