17)
その後――。
春の祝祭七日目の日、二コラの宣言通りに、三番目の花嫁であることを告げられた。
(三番目の花嫁候補……)
その間に、リディは二回殺されている。殺されると、舞踏会の直前まで時間が戻された。 そして、殺される前の花嫁候補の順位は五番目、四番目、三番目とループする度に不自然に上がっていた。
もし、このあと顔の見えない女にまた殺されたら、二番目に、最後には一番目に選ヴァレスということなのだろうか。そんな都合のいい話があるのなら、この世界はおかしい。
でも、夢と判断するにはあまりにも生々しく息苦しい。灼熱の楔を埋め込まれたような、気が狂いそうになるような痛みと引き換えに意識が奪われているのはたしかなのだ。
(へんな夢を見ていただけ? そんな夢を見ることを繰り返しているうちに、私がただおかしくなってしまったの? それなら、どこからが現実でどこからが夢? いったい正しい情報はどれなの?)
自分一人で抱え込むにはあまりにも大きな出来事になってしまっていた。
(落ち着いて。考えてみて……)
今までに二度殺されたときの条件を改めて振り返ってみると、ジェイドと二コラに会い、そこで時間を稼いだ結果に死が訪れたのだ。
であれば、彼ら二人に遭遇する前に部屋に戻ったらどうだろうか。その際、警備に当たっている衛兵に頼んで部屋の中や周りの様子を確認してもらうべきだ。
そうと決まれば、とにかく誰かと鉢合わせする前に部屋に早く戻ろうと目論む。移動する間、心臓がどくどくご嫌な鼓動を刻んでいた。いつ刺客が現れて殺されるかもしれない恐怖に怯えながらリディは先を急ぐ。
もつれそうになりながら部屋にたどり着くと、困惑する衛兵に頼み込み、周辺を確認してもらった。そして部屋に異変がないことがわかると、リディは脱力してよろよろとベッドに腰を落とした。
「……はぁ、ぁ……」
額に汗が滲んでいた。いやな気配がいつまでも消えない。窓を開けて気分転換したかったが、万が一にも窓のすぐ側に不審者がいるのではないかという恐怖心が先立ってしまって何もできなくなる。
(どうしたらいいの……)
このまま閉じこもっていたら安全とはいえない。寝ている間に襲われるかもしれない。こうしている間にも殺意が近づいてきているかもしれないのだ。リディが次の順番に上がるための序章が――。
怖い。いやな想像が膨らむにつれ、身体は震え、呼吸が浅くなってどんどん息苦しくなってくる。ぎゅっと手を握り締めて落ち着かせようとしていると、チリンという鈴の音が聞こえ、リディは弾かれたように顔を上げた。
そういえば、いつだったか死の間際に聞えた鈴の音によく似ている気がした。まるでそれは警告を告げるもののように感じたのだ。
「な、何……」
警戒に身を固め、おそるおそる音のする方を確認すると、足元にするりと身を寄せてきた白い猫がいた。金色と青色の瞳をしたその猫は何かを言いたげにリディをじっと見っていた。
悲鳴を上げかけたリディだが、人が入ってきたわけではないことに安堵する。そして、愛らしい白い猫にそっと触れてごろごろと喉が鳴るのを感じ取ってリディは微笑みかける。
「あなた、どこから入ってきたの?」
そう問いかけたとき、白い猫は瞬く間に人の姿へと変わった。リディは驚きのあまりに声すら出せなかった。息をするのも忘れてその場に固まってしまった。そんなリディに対して人型になった彼はにっこりと笑みを浮かべた。
「やぁやぁ。お困りのようだから、小生が助言をしてあげようと思ってね」
彼のその軽薄な調子にはどこか腹の底に冷えたナイフを突き付けられたような底知れないものを感じる。それは、得体の知れない凶悪な生き物と出会った、ある種の未知への恐怖のようなものかもしれない。
おかしなことばかりが起こっている。だが、夢ではないということだけはもう理解していた。次にリディが思い浮かんだのは。一つの可能性だった。
必ずしも知らない女が殺意を向けてくるのではないのだとしたら? 今度はこの目の前の男がリディに害をなすかもしれない。
そんな考えが浮かんでしまい、硬直したままリディが様子を窺っていると、察したらしい彼が眉尻を下げる。
「まぁそういう反応になるのも致し方ない。驚かせてしまってすまないね。小生にも色々とやることがあったから、君のことがつい後回しになってしまった。ふむ。さてさて何から説明したらいいだろうか」
逡巡するような顔つきで悠長に顎を撫でる彼に、リディはおそるおそる問いかける。
「あ、あなた……さっき猫だったわよね? あなたが着ている色と同じ白い猫……」
リディの問いに、白装束の彼は一瞬きょとんとした顔をしたあと、あざとく笑った。
「如何にも。さっきのは小生の仮の姿さ。この身ではあまりにも目立つだろうからね」
お気に入りの衣装を見せびらかすように、ひらりと白装束を揺らして男が笑む。リディは信じがたい想いで彼を眺めるだけだった。
しかしリディが何も言わずにいると彼もただ衣装を見せびらかしているのが退屈になったらしく、表情を真剣なものに変え、ようやく本題に入った。
「どうして君の前に現れたかというと、君がまだこの【世界】のことがわかっていないようだったから」
「この【世界】って……」
「まず。君はどうして自分が殺されたのだと思う?」
彼が謎かけでもするように尋ねてくる。その言葉にリディは食いついた。それは、何よりもリディが知りたいことだった。