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16)


「もしも……そのときが来たら話すわ。今はちょっと自分で色々考えてみたいの」

「だいたい想像がつく。花嫁候補の件だろう? 難儀な問題だな」

 そう言ってため息をつく彼の声には、同情の色が滲んでいた。

「そういえば、あなたは……知っているのよね」

 花嫁候補者の件は部外者には知られていない。けれど、彼は間者として忍び込んだときに情報を得ているのだ。

「おまえは今、何番目なんだ」

「四番目……のはず」

「はず?」

 ジェイドが眉を寄せる。

「えっと、このあと言い渡されることになっているの。四番目のままなのか三番目になれるのか、それとも五番目以降になるのか、聞くまでわからないわ」

「ふん。そこまで絞ったのならば全員を花嫁にすればいい話だというのに。悪戯に面倒なことをするもんだな」

「古くからの王室の伝統だもの」

「伝統、ね。貴国のことによそ者の俺が口出しをする気はないが……」

 と、ジェイドは言いかけてから何か思案するような表情を浮かべる。

 リディが首をかしげると、ジェイドはバルコニーから大広間の方へと視線を移した。

「そろそろ戻るか。風にあたりすぎても身体が冷える。何か飲み物をもらって落ち着くようなら戻ればいい」

 伝統に対して面倒なことだと言いながら、その一方、甲斐甲斐しくリディの世話をしてくれるジェイドに、リディは思わず尋ねてしまった。

「どうしてあなたは私に構うの?」

 その回答には一拍の間があった。

 ジェイドはリディをまっすぐに射貫くような瞳で見つめてきた。

「おまえのことが気に入ったと、告げたはずだったが……」

 堂々とした彼の告白だが、そのことにリディは違和感を覚えた。

 たしかに言われたけれど、それは最初の舞踏会の時だったように思う。

 それともぼうっとしている間にそんなことを彼は言っていたのだろうか。だんだんと記憶さえ改ざんされていくような怖さにぶるりと身が震えた。

「さっそく冷えたか?」

「いいえ。そういうわけじゃ」

 ジェイドはややぶっきらぼうだったが、彼のまとっている上衣を脱いでリディの肩を包んでくれた。

「今の間だけでも羽織っておけ」

 ふわりと鼻孔をくすぐったのは彼の身に着けている香水だが、それ以上に彼の温もりを感じてどきりとした。

 リディがジェイドのやさしさに感謝を伝えるべく口を開こうとすると、先手を打つように彼が悪戯っぽく微笑を浮かべた。

「礼ならば別のものがいい」

 彼はそう言い、リディの頬に指先を這わせる。その言葉は何度か聞いた覚えがあるが、何度だって言葉に滲んだ甘さには慣れない。

「あ、あの。距離が近いと思うの。一応、私は……この国の王太子の花嫁候補の一人なのよ。いくら、舞踏会だからって」

「そうだったな。だが、俺には関係のない話だ。直接、王太子殿下に見咎められたのならばそのときは謝罪をしよう」

 悪びれるそぶりも見せないジェイドに、リディはやや呆れてため息をついた。

「あなたって……大物よね」

「一応、俺も王太子という立場にあるわけだからな」

 ジェイドがニヤリと口端を引き上げた。

 意趣返しのような彼の言葉に、リディは肩を竦める。考えてみれば、客人である近隣国それもオニキス王国の王太子にユークレース側が手だしできるはずがない。それをわかっているからこそ彼は大胆な行動をとるのだろう。頼もしいというべきか破天荒というべきか。

「ありがとう。ジェイド様」

 リディはちょっぴり元気を取り戻して笑顔を見せつつ、嫌味を込めて彼の名前を呼んだ。しかしジェイドは気に留めないばかりか逆にご満悦顔を浮かべていた。

「おまえといるとなかなか退屈しない」

 そんなことを言って屈託なく笑う。

 こちらとしては、彼といると力が抜けてしまう。けれど、いやな感じではなかった。この気持ちに今は説明がつかない。ただ、ジェイドともう少しだけ一緒にいたいような気がしていた。



例のごとく舞踏会が終わったあと、リディは部屋へと戻るために移動していた。

 その途中で、二コラと臣下が話をしているところに出くわしたことは記憶に残っている。最初の時間では、怒鳴り声が聞えたこともあった。

 様子を窺っていると、ぶつぶつと呟く二コラの姿を発見した。

「次で、三番目の花嫁か。あと二人……」

 今回は臣下と揉め事を起こしてはいない。だが、宰相ベリル・ロードライトの姿も見えない。また別のパターンのようだ。

 後方に困惑した官僚たちの姿が見えた。すっかり王太子としての品格が削げた二コラに、彼らが愚痴をこぼしているようだ。

 あのまま放っておいたらよくないことが起きる気がする。差し出がましいかもしれないけれど、二コラに何か進言した方がいいのではないだろうか。きっと官僚の言葉は耳に入れない。花嫁候補の一人であるリディの話だったら聞いてくれないだろうか。

「二コラ」

 リディは自分から二コラに近づいて声をかけてみることにした。

「やあ、リディ。君はきっと七日目に三番目の花嫁に認定されるだろう。あと少しだね」

 やたら上機嫌に興奮したように二コラが言う。そんな彼の目は血走っているし疲労感がたまったように目の下には黒い隈のようなものが広がっていた。

 さすがにリディは二コラのことが心配になってしまった。

「二コラ……ねぇ、あなたが固執をするところはそういう部分ではないんじゃないかしら?」

「君は僕に意見をするのかい? この僕に? 侮辱をしているのかい?」

「……二コラ、あなたを侮辱する気なんてないわ。ただ……あなたのことが心配で!」

「だったら、君が一番目の花嫁になれるように官僚を消すか、妾妃として僕の子をいますぐに宿すか」

 ぎらついた瞳が向けられ、リディは思わず身を硬くする。ベッドに押し倒されたときのことが脳裏をよぎってしまい、顔から血の気が引いた。

「はははっ。冗談だ。妾妃だなんて君には似合わない。君は僕の一番目の花嫁候補になるんだからね」

「……二コラ」

 どんどん狂っていく幼なじみの姿に、リディは何もかける言葉がなくなってしまった。

 どうしてこんなことになってしまっているのだろう。リディは泣きたい気持ちになっていた。きっと、それほど幼い頃の思い出が美しすぎたのだ。彼はすっかり変わってしまった。もう、自分の知る二コラは消えてしまったのだろうか。それとも美化をしていただけなのだろうか。それが、罰だというのだろうか。


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