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14)



 五番目だったはずが四番目になったのは二コラの仕業だったというのだろうか。

では、時間が戻ったのはどう説明されるべきなのだろうか。リディの錯覚なのだろうか。

 二コラはリディの手首をぎゅっと握って口惜しそうに表情を歪めた。

「本当は三番目だったんだ。だが、外部の思惑によって落とされた。まだ足りない……」

「外部の思惑って……待って、二コラ、離して。痛いわ」

 身動ぎをしようにも、二コラがのしかかってリディの手首を掴んでいるから自由になれない。

 二コラの表情はますます憎悪の色を強めた。リディに向けている瞳が昏い。

「どうしてそんな目で僕を見るんだ。君は僕のものになるつもりでここへ来たんだろう」

「二コラ、やめて……っ」

 やっぱりおかしい。目の前の二コラはこの間会った彼と様子が違った。あのとき、彼は順番には拘らない、と言っていた気がするのだが。それは二コラのただの強がりだっただけなのだろうか。本当はリディを一番目の花嫁候補にしたいと思ってくれていたのだろうか。疑問や混乱が増えていくばかりだ。

「でも、細工なんてしてほしくない!」

「うるさい! 君に反論する資格なんてないんだ!」

「きゃっ」

「……頼むから、騒ぐなよ。僕はただ君が欲しいだけなんだ。そうだ。もういっそ……今すぐに既成事実を作ろう」

 二コラがリディの首筋に唇を寄せようとする。彼の手はリディのドレスを脱がせようとしていた。

「――やっ!」

「僕だってこんなことはしたくない。でも、どうしようもないんだ。わかってくれ」

「いやっ! 二コラ、離れてっ」

 ノックの音が響いてはっとする。

二コラも我に返ったようで、やっとリディの上からおりてくれた。

「なんだ! 後にしてくれ。大事な話の最中だ」

 二コラが部屋の外にいるだろう人物に声をかける。使用人だろうか。

リディは慌てて身体を起こし、乱れたドレスを整えた。

「ねえ、二コラ。私は自分で頑張るわ。卑怯な真似をして上に行けたって嬉しくない。あなただって、王宮のしがらみに思うことがあったのでしょう? じゃあ尚更、細工なんてしちゃだめよ。あなたがそういうのを変えていかなくちゃ」

「簡単に言ってくれるね」

 ふん、と鼻を鳴らす二コラに、リディは尚も言い募る。

「簡単なことだとは思わないわ。父だって苦しんでいた。それを私は見ているもの」

「それじゃあ、ヴァレス侯爵のために、君はここにいるとでもいうの?」

 二コラがリディに向ける目はひたすら昏かった。それは理由のひとつとして間違ってはいない。だが、少なくとも今は肯定してはいけない気がしてリディは押し黙る。

「リディ、君は……本当に僕を求めてここにいるのかい?」

「それは……」

 言い淀むリディに、二コラが今度は縋るような目を向けてきた。放っておけない、彼を無下になどできないような気持ちになってしまう。でも、この気持ちは一体なんて説明していいものなのだろうか。

 二コラへの想いは初恋だと思っていた。だが、好きだという気持ちは男女としての好意ではないのだと感じている。それなら、今この胸の中にあるものは、幼なじみへの友情のようなものなのだろうか。

「……ごめんなさい。私にもわからないの」

 リディは正直にそう告げるしかなかった。

「わからないだって? 君は、花嫁候補になるためにここへ来たんだろう?」

 二コラが動揺している一方で、リディ自身も戸惑っている。彼を説きたかったはずなのに自分自身への課題ができてしまった。

「……そう、だけれど。私の気持ちがよくわからなくなってしまったの」

 リディは素直に思っていることを吐露するだけだった。

 きっと取り繕った言葉を今の二コラに告げても彼には伝わらないかもしれない。その場しのぎの適当なことを言ったら彼はまた激昂するだけで受け入れようとはしないだろう。

 しゅんとしたリディを前にし、二コラも戦意喪失したのか我に返ったみたいだった。

「わかったよ。だが、僕はまだ君を諦める気はしない。どんな手を使っても……どうにかしてみせる」

 どこへ向けた憤懣なのかわからないが、二コラが胸の内に闘志を燃やしているのだけは伝わってくる。

「二コラ……私は、あなたにそんなことをしてほしくはないわ」

「ふん。僕に意見する前に、君もせいぜい努力をするがいいさ」

 二コラはそう言い捨て、リディの部屋から出て行った。

 ひとり取り残されたリディは重たいため息を零し、その場からしばし動けずにいた。

(何も会話にならなかった……)

 幼なじみの二コラを傷つけるつもりはなかった。けれど、二コラが不正をしてでもリディを花嫁にしようとしていることを受け入れることはできない。あとで後悔するのが目に見えるからだ。そこだけはどうしても譲れなかった。

(でも、肝心の私の気持ちは……どこ?)

 きっかけは父だったかもしれないが、二コラの花嫁になりたくてここに来たのは自分の意思のはずだった。

(好き……好意ってどういうものを言うの? 求める気持ち……ってどんなふうに?)

 二コラがリディを自分のものにしようとした。そういう衝動や欲求が芽生えるようなことをいうのだろうか。彼に口づけをされたいとか抱かれたいとか思うことなのだろうか。

(私は二コラを……どう思っているの)

 無性に泣きたくなるくらい心細くなってしまったそのとき、ふと、脳裏に思い浮かぶ人がいた。それは……ジェイドのことだった。

 ジェイドの大胆な笑顔や意地悪な表情、こちらを見る好奇の眼差し、そして甘く響く低い声――それらを思い出すと、勝手に鼓動が速まっていってしまう。まるで中毒性の強い花の香りにあてられたみたいな気分になってしまう。その一方、彼と一緒にいると肩の力が抜けるような安堵を覚えた。なぜか理由はわからないけれど。彼の側にいると不思議と様々な感情を揺り動かされるのだ。

(わからないわ。どうして、こんなにも彼のことが思い浮かんでしまうの)

 二コラのことをちゃんと考えたかったのに浮かんでくるのはジェイドのことばかり。あまつさえジェイドに今すぐに会いたいと思ってしまった。彼に話を聞いてほしいと恋しくさえ感じてしまう。

 一旦、気持ちを整えなければ。もう考えるのはよそうとかぶりを振って、ベッドに身を預けて目を瞑ったそのとき、再びノックの音がした。


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