13)
「え、あ、誤解しないで。不審な人がいて心配して送ってくれたの」
「君、舞踏会でもあの男と踊っていたね? 知っているのかい? 彼がオニキス王国の王太子だということを」
「え、ええ。わかっているわ。たまたま誘われたのよ」
初めて出逢ったのは、ジェイドが視察のために間者のような格好をして紛れ込んでいたあのときだけれど。そういえば不思議と、彼とは縁がある。
二コラが拳をぎゅっと握って肩を震わせていることに、リディは気付いた。
「なぜだ。なぜ僕を頼らない。そんなにもあいつの方がいいっていうのか」
静かに語気を荒らげる二コラに、リディは戸惑う。彼はツンとした態度をとることはあるが、こんなふうに苛立っている表情をリディに見せることなんてなかったのに。
「二コラ? 落ち着いて。私、何もそんなつもりじゃ……」
リディが宥めると、二コラはハッとしたように我に返った。なんとか取り繕おうとする彼の表情がどこかぎこちない。
「あ、ああ……ごめん。忘れてほしい。少し疲れていただけだ」
「そう。大丈夫? 二コラは忙しすぎるもの。少しでもゆっくりする時間がとれればいいのだけれど」
心配して顔を覗き込むと、それが癪に障ったらしく、二コラはリディを睥睨した。
「僕のことはどうだっていい。そんなことより君は今、四番目の花嫁候補者だ。今のままでは一番目には程遠い状況だとわかっているのかい?」
「もちろん、受け止めているわ」
「なのに、少しも焦っている様子がない。ひょっとして君はわざと……一番目になることを避けているのか?」
切羽詰まったような二コラの様子に、リディは戸惑いを隠せない。
「どうしてそんな話になるの?」
普段だったらリディは怒っていたかもしれない。でも、どこか後ろめたい気持ちになるのはなぜだろう。無意識に自分の心を隠したくなる衝動がわいて、説明のつかない感情に囚われてしまう。
それが顔にも出ていたのかもしれない。二コラの表情に疑念が浮かんだのがわかった。
「少し、君と話がしたいんだ。部屋にいいかな?」
「ええ、もちろんよ」
リディも二コラとは久しぶりにゆっくり話をする時間がもてるのは嬉しかった。
それが二コラの休憩になれればいいと願いながら彼を部屋に招き入れた。
しかし案内してからリディはしまった、と思う。
ソファと机の上には書類や本が積まれていて、どこにも座るところがなかった。
「今、片付けるわ」
「いいよ。適当にする」
二コラがベッドへと腰を下ろす。
幼い頃とは立場が違うのだから、とリディは一瞬迷いつつ、ひとりぶんくらい間を空けて彼の隣へと座った。
「……さっきの不審者の件だ。城の中は例の騒ぎのあと警備を強化している。花嫁候補に何かがあってからでは遅いからね。けれど、配慮が足りなかったようだ。申し訳なかった」
「いいえ、二コラ。気にして下さってありがとう。その気持ちに感謝するわ」
「別に。君から感謝されたくて言ったわけじゃない」
ツンとした二コラの表情にはほんのり赤い色が見えた。
リディはほっと胸を撫でおろした。
やっぱりあのときに見た二コラは務めを果たすために厳しい一面を見せていただけ。今の二コラはリディがよく知っている彼に違いなかった。
「それよりも、僕が知りたいことは他にある」
「え?」
「君はあの男のことが好きなのか?」
二コラはそう言い、疑念の目を向けたままリディの答えを待っていた。
「……まさか。ジェイドのことを言っているの?」
「そんなに親しげに呼び合う仲に……?」
ショックを受けたような顔をする二コラに、リディは慌てて訂正をしようとしたのだが。
「二コラ、誤解だわ。彼とは……たまたまっ」
そう、たまたま知り合った。彼を助けて、そして助けられた。それだけの関係。特別に親しいというわけではない、はずだ。
「うるさい! 君は何もわかってない!」
いきなり声を荒らげた二コラに驚くまもなく、リディはベッドに押し倒されていた。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
「二コラ……」
リディを見下ろす二コラは息を荒くしたまま、何かに憑かれたような顔をしていた。さっきから二コラの感情が山の天気のようにころころと変わる。一体どうしたというのか。やはり彼には少し休暇が必要なのではないだろうか。情緒不安定のように見える。
「君が頑張っている姿は嬉しかった」
二コラはそう言い、押さえつけていたリディの手首を持つ手に力を込めた。
「だったら……!」
「だけど、君がいくら努力しようと。一番目にはなれないことは決まっている」
決めつけたように言う二コラに、リディは悲しくなってきてしまう。
「まだ最終決定まで時間はあるわ。これからなのに、どうしてそんなことを言うの? 私にチャンスは与えたくないということ?」
リディが必死に訴える中、もどかしそうに二コラはため息をつく。
「覚えがあるだろう? 君の父親……ヴァレス侯爵の身に起きたことを」
「昔のことだわ。終わったことでしょう? そうじゃなければ、候補者の一人として通されていないはずだもの」
「君はわかっていないな。どう考えても王宮側はヴァレス侯爵に面倒を起こされたくなかっただけだ。ひとまずは娘の君を招き入れた。だが、官僚たちは最終的には落とすつもりでいるんだよ。だから、どんなに頑張ろうとも現状、君を一番目にすることはできない」
「そんな……」
「でも、安心していい。僕なら細工をすることは容易い。君と僕の未来のためならばなんだってするさ。わかったかい? 君はもっと僕に感謝をするべきだよ」
悦に入ったようにそんなことを堂々と言い切る二コラに、リディは愕然とした。
「ねえ、なんて言ったの? 細工ですって? 本気でそんなことを?」
「ああ。他の候補者たちの父親に話をつけたりもした。失敗しなければ領地を奪うとね。無論、脅すだけでは従わない。積極的に失敗をしてくれたなら見返りは叶えると約束した。君はひとまずは四番目の候補者にはなれただろう。僕が根回ししたおかげさ」
二コラがさも素晴らしいことのように説く。リディはその話を聞いてぐらぐらと眩暈がした。