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11)


 うっすらと意識が戻ってくると共に、リディは直前の記憶を辿ろうとした。

 しかし前後不覚というか曖昧なままだった。わかるのは、誰かに刺されたということだけ。

(え、私、刺されたのよね……?)

 助かったのだろうか、と腹部のあたりへ手を伸ばす。痛みは何も感じない。ドレスを捲りあげて直接確かめたが、傷口はどこにも見当たらなかった。

(どういう、こと?)

 そもそも、今はどこにいるのだろうか。

 実態感のない奇妙な感覚に不安を覚え、混乱を極めたリディはあたりを見渡す。怪我をしたのならベッドに寝ていていいはずなのに、自分が立っていた。しかも大広間の扉が開かれようとしているところだった。

(一体、どうなっているの?)

 しかも、見覚えのある光景そのままだったので、なおさらリディは焦った。

「もう、二回目の舞踏会が……?」

 そんな知らせはまだもらっていない。七日目の花嫁候補の順位が出たあと、二コラから中庭に呼び出されて彼と会った。そのあとの記憶がない。夢でも見ていたのだろうか。

もやもやとした気分のまま、答えを探してリディは足を進める。混乱している合間にも大広間の扉が開かれれば、人の波に押されてそのまま身を委ねるしかなくなってしまった。

 リディはそのときに二コラの姿を探したが見当たらなかった。代わりに、ある人の姿を発見する。オニキス王国の王太子、ジェイド・リスター・カイザック。

 でも、それはおかしな話だった。彼の滞在期間はとっくに終わっている。王宮に招かれた賓客は七日目の祝祭が終了した日に帰っていくことになっている。つまり例年通りなら彼はオニキス王国にとっくに戻っているはずなのだから。

(予定が変わったの……?)

 狼狽して立ちすくむリディの側に、ジェイドが近づいてくるのが見えた。彼に状況を尋ねてみようと口を開きかけたとき、

「お初にお目にかかります。ご令嬢。我が名は、ジェイド・リスター・カイザック。オニキス王国より王の名代で貴国の祝祭に馳せ参じました」

なぜか彼は最初の舞踏会のときと同じように自己紹介をした。

「……初めてですって? 私をからかっているの?」

 リディが怪訝な顔をすると、ジェイドもまた不可解そうに眉を寄せた。

「もしや、俺の名を知っていましたか」

「ええ。あなたから名前を聞いたのよ」

「以前に会った時、俺は名を名乗った覚えはないのだが……」

 ジェイドが考え込むように顎のあたりに手をやった。

「だってちょっと前に舞踏会で会ったはずよ」

「それはおかしいな。俺が以前おまえに会ったのは、ここに忍び込んだときだったはずだ」

 ジェイドが声を潜める。忍び込んだというのは、間者として王宮に入り込んでいたときのことを言っているのだろう。

 リディはますます混乱してしまう。

「少なくとも祝祭がはじまってからは初めての舞踏会のはずだ」

「うそ。そんな……はずは」

 リディの思い違いだということだろうか。それとも本当に夢を見ていたのだろうか。そうだとしたらいつから? そうじゃないとしたら――リディはひとつの仮説を立てた。

(時間が巻き戻っている……?)

 けれど、そんなこと、現実にあるはずがない。それこそ夢物語になってしまう。

「まあ、いいか。このまま立ち話をしているのもおかしいだろう。では、改めておまえの本当の名も教えてもらおうか。リリー」

「……リディよ。リディ・ヴァレス」

 リディが名乗ると、ジェイドは意表を突かれたような顔をした。

「随分、あっさり明かすんだな」

「だって前に伝えたから……」

 そう、伝えたはずなのだ。

「さっきから、おかしなことをいう。それは偽りの名の話では」

 ジェイドは眉を潜めた。

 しかしリディはうまく説明できなかった。

「ごめんなさい、私……さっきから混乱しているみたいなの」

「物怖じしなさそうに見えたが、緊張しているのか?」

「緊張はしているけれど……そういうことではなくて、なんて言ったらいいのかしら」

 リディがまごついていると、業を煮やしたらしいジェイドが手を差し出してきた。

「では、私と一曲、踊っていただけますか?」

 リディは未だ混乱したまだったが、周りの訝しげな視線を感じとり、彼の誘いを断ることはせずに手をとった。それに、彼の行動や周りの様子を観察し、一旦記憶の整理をしたいと思ったのだ。

(たしか……)

 ――直前の舞踏会の記憶はこうだったはずだ。

『リディよ。リディ・ヴァレス』

『……リディ。今夜の宴が終わっても覚えておこう。どこか懐かしいような、いい響きの名だ』

『懐かしい? きっと前にも同じこと言っていたからだわ。リリーでもリディでも名前なんてなんでもいいんでしょう? そんな適当なことをいうあなたに私は縁なんてないと思うの』

『だが、ここで二度会ったことは事実。運命が許せば、また会うことになるだろう』

 ――運命に許された?

「あなたと私には特別な縁なんてないと思うの」

「だが、ここで二度会ったことは事実。運命が許せば、また会うことになるだろう」

 ジェイドが同じ台詞を口にしたことで、リディは息を呑んだ。

 ――いいえ。二度ではなくて三度目。

(そう、私にとっては三度目になる……)

 彼が忍び込んだ日、最初の舞踏会の日、そして今。

 やっぱりどこかおかしい。リディの中に新たな焦りが生まれはじめていた。

 このあと、ジェイドが告げた言葉を、リディは思い返そうとしていた。

 その矢先に、円舞曲が終わっていく。

 すると、最後に彼はリディの手を引き寄せ、その指先へとキスをした。

「今度は、唇に……許しをもらう日が来ることを願っている」

「……!」

 彼の低くて甘い響きをもつ声……そして、その言葉を、リディは覚えていた。

 やっぱり、時間が巻き戻っているのではないか。そんなふうに思ってしまう。

(私が夢を見ていただけ? その夢が現実になった?)

 しかしそれこそが現実味のない話だ。こんなにもはっきりと同じ条件で夢を再現することなんて可能なのだろうか。

「どうした? おまえならば、そんな日は来ないと言いそうなものだが」

 ジェイドが様子を窺うようにこちらを見ていた。そのセリフは少しだけ違った。リディが同じ言葉を告げなかったせいなのだろうか。ならば、やっぱり夢と現実が違うだけなのか。

『……残念ね。そんな日は一生来ないわ』

 たしかにリディはそう告げたはずだった。

 しかしそれを待つ前に、ジェイドは口を開く。

「では、心変わりに期待して、今日は挨拶としよう」

「……っ」

 同じ言葉を彼は残して行ってしまった。

 リディはそのまま茫然とジェイドを見送るだけだった。


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