9)
「……っ私はそんなことしないわ。まさか、あんな行為が許されるの? ルール違反ではないの?」
二コラが面倒くさそうにため息をつく。
「はぁ。君はあまりにも物を知らない。まあ、それが潔白の証明ともいえる。さっきは疑って悪かったよ。だが、いいかい? 王宮でいきるための処世術くらいは知っておいた方がいい」
しかしそういう二コラの言葉と表情が噛み合っていない。リディに対して明らかに呆れているのが伝わってくる。
「なんなら、もういっそ僕を相手に色仕掛けをしてみるかい? 幼なじみの権限なんて最高のカードじゃないか」
にっこりと、二コラが笑みを浮かべている。でも目が笑っていない。見下しているのかもしれない。
「……そんなことしないわ!」
リディは思わずカッとして言い返してしまった。
「ふん。せっかくのカードを君はみすみす捨てるんだね。残念だよ」
たちまち失望の目を向けられてしまい、リディは焦りはじめる。
(どうしてそんな目で私を見るの?)
そんなことをしたらふつうは軽蔑されるようなことではないのだろうか。卑怯な手を使ってルール違反をして順番を競うことなんて一度だって考えてもみたことがなかった。
「待って。二コラ。私は、ちゃんとルールを守った上で頑張りたいの。だって、皆、花嫁候補として相応しいかどうか認めてもらうために試験があるのでしょう?」
リディが言い募ると、二コラは冷めた目を遠くへ向けた。
「ルールだとか認めてもらうだとかどうでもいいよ。そんなこと言いながらもどうせ君だってうわべだけを見ているにすぎないんだ。おおかた侯爵にそそのかされたか。その侯爵だって政権に関わるための身分と地位がほしいだけだろう」
「……っ」
それは否定できなかった。その通りだったからだ。ヴァレス侯爵はそのためにリディを花嫁候補になるべく王宮に送り出したのだ。
だが、国に花嫁制度がある以上、応募者には少なくとも野心があるはずだ。それは必ず否定され、排除すべきものなのだろうか。たとえ父に野心があったとしても、リディには二コラの花嫁候補になろうという前向きな気持ちがあるのに。そんなふうに考えることはいけないのだろうか。
「やはりな。侯爵は君の幸せなんてこれっぽっちも考えていない。それにのっかった君もどうかしているよ。僕のことなんてどうだっていいくせに」
二コラは自嘲気味に言い、押し黙ってしまったリディから視線を逸らした。
「二コラ、それは違うわ」
とっさに言い募ろうとするリディの手を二コラはさっと振り払う。
「違わないよ。君は目こぼしがあって十人の中に入ったんだ」
「……え?」
「もうとっくに僕のカードを使っていたんだよ。王室に伝手のあるヴァレス侯爵があれこれ立ち回った結果でもあるけどね」
忌々しげに二コラが言う。
「そんな……」
「君はそれを知ったら辞退するかい?」
「もしそれが本当なら、辞退せざるを得ないわ」
リディは唇を噛んだ。実力でここに選ばれたのではないのなら当然去るべきだろう。
「そういうところが気に入らないんだよ。いいじゃないか。泥の中で咲く花になればいい。用意された庭の中だからこそ美しく輝く花だってあるんだ。君は、自ら花を枯らそうというのか?」
二コラの言い分は理屈だ。でも理解できないわけではない。それが許せるか許せないかは、矜持に関わる問題なだけ。そう言いたいのだろう。プライドよりも優先すべきものがあるのだと、彼は説きたいのかもしれない。
リディは自分がどうすべきか考え込んでしまった。
「君がすべきことは、僕に対して本気になることだ。一番の花嫁候補になろうと躍起になることだ。どんな手段を使ってでもね」
「もちろん努力をするつもりでここにいるわ」
「君は僕が好きかい?」
「もちろんよ。幼なじみの二コラと結婚したいと思ったからここにいるのよ」
リディの言葉に、二コラは声を荒らげる。
「そんな綺麗なものじゃない。相手の自由を奪って苦しめてでも、相手の心を自分のものにしたいと思う気持ちのことだ。君は何もわかっていない!」
「……ごめんなさい。わからないわ。私は、好きな人を苦しめたいなんて思わないもの」
「ふん。いいさ。君が本気じゃなくても。それに、花嫁はいくらいたって構わないし、どうせ世継ぎを産むための器だ。僕にとってはね、順位に大して意味なんてない。勝手にやりあってさっさと決着をつけてくれればそれでいい」
二コラは憤慨したように言い捨てる。その言い草はひどいと思ったが、それでも先に傷つけたのはリディの方だったかもしれない。彼の気分を害してしまったことをリディは後悔した。
「そんな。私は、それでも……いいえ。言い訳はしないわ。ちゃんと、これから二コラに想いが伝わるように頑張るから」
二コラは不快そうな表情を浮かべてマントを翻した。きっと今の彼相手では呼び止めても振り返ってはくれないだろう。